神社・寺の怪談
守るべき禁忌と古い噂。神社や寺を舞台に、伝承と創作が交わる物語です。
プサン(부산)ヘウンデ(해운대)の影の伝説
釜山(プサン)
みなさん、今日はプサン(부산)の話をひとつ。 ヘウンデ(해운대)はご存知ですよね。夏になればパラソルや浮き輪であふれかえって、足の踏み場もないあのヘウンデ(해운대)です。でもあそこに長く住んでいる人たちの間で、ひっそりと囁かれている話があるんですよ。日が沈んだあと、あの砂浜をひとりで歩くなって。ただの用心じゃなくて、本当に、絶対にひとりで歩くなっていうんです。 これを聞いたのはもう何年も前のことで。プサン(부산)生まれの人から聞いた話なので、ちょっと伝えてみようと思います。確かなことは言えませんが、あのあたりではそこそこ知られた話らしいんです。 何年か前の夏のことだったそうです。大学生のグループがヘウンデ(해운대)で夜を過ごしていたんですって。お酒を飲んで、砂浜に座ってわいわいやって、みんな浮かれていたんでしょうね。ところが夜中の一時ごろになって、友人たちがひとりふたりと宿に引き上げ
路地裏の影
Tokyo
これはね、谷中で聞いた話なんですが……確かめたわけじゃないんで、そのつもりで聞いてください。 ある秋の終わり、だったそうです。十一月の頭か、その辺り。 田中さんという、どこかの会社に勤めてる方がいましてね。三十代の後半、残業続きで、もうだいぶくたびれていたんだそうです。その夜も終電ひとつ前で会社を出て、最寄り駅まで歩いていた。いつもは大通りを真っ直ぐなんですけど、その日はなんとなく、谷中の路地に入ってしまった。理由は特にない。ただ、ふらっと、と言うんですね。疲れてたんでしょう。気が緩んでたんだと思います。 谷中はご存知ですか。昼間は猫の街だとかお寺の街だとか言われて、観光客も来る。でも夜は違う。路地が細くて、街灯が少なくて、家と家の間がやけに暗い。古い板壁が続いて、その隙間から黒い空が見えたりする。都内にいることを忘れるような、そういう場所です。 田中さんが歩き始めてすぐ、後ろに何
天神の夜に囁く声
Fukuoka
これはですね、福岡に住む知人から聞いた話で、確かめようもないんですが、妙に細かいところが引っかかって、今日お話ししようと思いまして。 天神、ご存知ですよね。昼間はあれだけ人が溢れている。地下街に、百貨店に、ビジネスマンも学生も。ところが夜中の二時、三時となると、あの賑わいが嘘だったみたいに静まり返る。そういう時間帯の天神を、知人の知り合い、仮に田中さんとしておきましょう、その田中さんが一人で歩いていたそうです。 春の終わり頃だったと聞いています。会社の同僚と飲んで、気づいたら終電を逃していた。タクシーを拾おうにも財布が心細くて、まあ歩けない距離でもないし、と歩いて帰ることにした。酔いが回っていたせいもあって、大通りより細い路地の方が何となく気持ちよく感じたそうで、ふらふらと裏道に入っていったというんですね。 街灯がぽつり、ぽつりとしか立っていない路地で、田中さんの革靴の音だけが反響し
テグ(대구)の呪われたケヤキの木
大邱(テグ)
皆さん、今日お話しするのは、テグ(대구)の郊外にある小さな村のことです。 私が直接確かめたわけではないんですが。あちらの村の人から聞いた話で……聞いていて、私も少し落ち着かない気持ちになりました。 その村の片隅に、ケヤキの木が一本あるそうです。樹齢がどれほどなのかはわからないけれど、村の人たちの話では、自分の祖父が子どもの頃にも、あの木はもう老いていたと言われるほどだと。もともとは村を守る神木として崇められていて、祭りの季節には祭祀を行い、願いごとを祈ったりもしていたようです。ところが……ずっと昔に、ひどい干ばつが続き、疫病まで広まった年があったそうで。村人たちがどれほど追い詰められていたか、その木の下に供物を捧げても、何一つ好転しなかったんです。それからだといいます。村の人たちが木を信じなくなったのが。いや、信じなくなったというより……恐れるようになったのが。 風ひとつない日でも、
仁川の呪われた首飾り
仁川
仁川中区の古びた骨董品店は、外の喧騒をよそに、いつも薄暗く静まり返っていた。その店には、呪われた品々が集まっているという噂が絶えなかった。なかでも最も名高いのが、「仁川の涙」と呼ばれる首飾りであった。 この首飾りは、十九世紀末に仁川港を経て渡ってきた日本の貴族が所有していたと伝えられている。華やかな意匠とは裏腹に、それは持ち主に不幸しかもたらさなかった。最初の持ち主は身につけてほどなく不吉な事故で命を落とし、それ以降もこの首飾りを手にした者たちは、例外なく悲劇的な末路を辿った。 ある日、仁川に住む女子大生がその店でこの首飾りを偶然見つけ、好奇心に負けて買い求めた。首に掛けた瞬間、彼女は奇妙な幻聴と眩暈に苛まれ始めた。まるで首飾りが自分を別の世界へと引きずり込もうとしているかのような感覚だった。周囲の人々は彼女の急激な変貌に気づき、やがて彼女は外の世界から少しずつ切り離されていった。
福岡の影
Fukuoka
これはですね、ちょっと前に福岡の知り合いから聞いた話なんですが。 確かなことは言えません。ただ……妙に具体的でして。 放生会、ご存知ですか。筥崎宮のお祭りです。毎年九月、博多の秋を開く大きな祭りで。屋台が立ち並んで、人がわんさか出て、金魚すくいの水の音だとか、焼き鳥の煙だとか、そういうものが夜の空気にまじって漂って……賑やかな、明るい祭りです。 ただ、その祭りの夜だけ、妙な話が出るらしいんですね。東公園の奥に、小さな祠があるというんです。 誰が建てたのか、いつからあるのか、はっきりしたことは誰も知らないらしい。地元の人間でも、「ああ、あそこね」と言うだけで、あまり近づかない。特に放生会の夜は。 去年の話だと聞きました。 大学生の男の子が三人、祭りの帰りに東公園を通ったんだそうです。時刻は夜の十一時を過ぎていたと。祭りの賑わいはもう引いていて、屋台の明かりも遠くなって、公園の中は
カロスキルの最後の訪問者
ソウル
ソウルのカロスキルは、昼間こそ洗練されたカフェや店が立ち並ぶ華やかな通りだが、夜になると別の顔を見せる。都心でもっとも垢抜けたその街が闇に沈むとき、そこには語り継がれる怪談がある。 数年前、この道をよく歩くカップルがいた。ある夜遅く、カフェを出てタクシーを拾おうとカロスキルを歩いていると、どこからともなく、すすり泣く声が聞こえてきた。好奇心に引かれた二人は、声のする方へと足を向けた。 声の源にたどり着いたとき、彼らは古びた服を纏い、道端にうずくまる女を見つけた。女は顔を伏せたまま、肩を震わせて泣いていた。二人が近づき、どうしたのかと声をかけても、女は答えなかった。代わりに、ゆっくりと顔を上げ、こちらを見た。その目は真っ赤に充血し、口は不自然に裂けていた。 驚いた二人は後ずさり、急いでその場を離れようとした。しかし女は歪んだ笑みを浮かべながら、「あなたたちも、すぐに私と同じになる」と叫
仁川の影の怪物
仁川
仁川の古い港の近く、日が暮れると誰もが足を踏み入れることを恐れる路地がある。古びた建物に四方を囲まれたその場所は、昼間は喧騒に満ちた街の営みの中に静かに潜んでいる。しかし夜が訪れると、その路地はまるで別の世界へと続く扉のように変貌する。 深い静寂の中で、人々はときおり奇妙な音を耳にすると言う。風もないのに木の枝が揺れるような、そんな音だと。だがそれは風ではなく、数百年前にこの地で生まれたという伝説の生き物のささやきなのだ。その生き物は「影の怪物」と呼ばれ、形を持たず、ただ影のように忍び込んでくるとされている。 ある老婆が、この怪物にまつわる話を語ってくれた。若い頃、友人たちと連れ立って好奇心から路地を訪れた彼女は、そこで奇妙な体験をしたという。友人の一人が突然姿を消し、それきり二度と戻ってこなかったのだ。残された者たちはその後、あの夜のことは決して口にしないと誓い合ったが、それでも彼女
大邱の赤い星
大邱
1970年代、大邱北区七星洞に建つ古びた別館の一角に、長い歳月にわたって閉ざされたままの天文台があった。近隣の住民たちはその周辺を「赤い星の呪い」と呼び、近づくことを恐れた。かつては星を観測する場所として知られていたその天文台も、ある夜を境に空へ現れた赤い星によって、すべてが変わってしまった。 その夜、天文台の天文学者たちは奇妙な周波数を感知した。彼らが望遠鏡を向けた夜空には、深淵の底から浮かび上がってきたかのような赤い星がひとつ、静かに輝いていた。世界中のどこにも記録のない星だった。その星を観測した瞬間から、天文学者たちは奇怪な夢に苛まれるようになった。夢の中では大邱の街全体が巨大な赤い霧に包まれ、地の底からおぞましい囁きが絶えず聞こえてきた。 数日が過ぎると、天文台の周辺で不可解な出来事が相次いだ。夜明け前になると路地に赤い霧が立ちこめ、その中から幽鬼のような影が現れては人々に囁き
八坂の幻影
Kyoto
これはね、聞いた話なんですが。 どこまで本当かはわかりません。ただ、話してくれた人の顔が、妙に青かったもので。 京都の、八坂神社です。 夜中に行ったことがある方は、わかるかもしれませんけれど。あそこは昼間と、まるで別の場所になるんですね。観光客がいなくなって、提灯の灯りだけが残ると、空気の重さが変わるというか……ぺたりと、肌に貼りついてくるような感じがある、と。 その夜、ある男性が、ひとりで訪ねていたそうです。 年は二十代の後半、友人から「八坂の夜は面白いぞ」と言われて、なんとなく足が向いたらしい。特に怖いものが好きというわけでもない、ごく普通の方だったと聞いています。 時刻は夜の十一時を過ぎた頃。参道はほとんど人気がなくて、石畳を踏む自分の足音だけがやけに大きく聞こえた、と言っていたそうです。 本殿の横を抜けて、少し奥に入ったあたり。境内の端に、昼間は気にも留めないような小
福岡の復讐霊
Fukuoka
これはですね、福岡に住む知人から聞いた話でして。確かめたわけじゃないんですが、まあ、聞いてください。 天神。ご存知ですよね、あの賑やかな。百貨店が並んで、夜でも人が絶えないあの辺りです。ただ、その一本裏に入ると、急に変わるんだそうですよ。毛細血管みたいな路地が幾本も走っていて、街の灯りがふっと届かなくなる場所がある。 そこに、小さな神社があるんだそうです。 鳥居はあるんですが、扁額の字がもう読めないくらい掠れていて。石畳も苔で覆われていて、どうも長いこと人が手入れをしていないらしい。地元の人に聞いても、「ああ、あそこ」とだけ言って、それ以上話さないんだとか。いつ建てられたのか、誰が祀られているのか、はっきりしたことは誰も知らないって。 去年の夏のことだと聞いています。 ある大学の学生で、真一くんという子がいた。まあ、名前はちょっと変えてますが。その子が友人三人を誘って、深夜にその
影の寺院
Kyoto
これはですね、わたしが直接確かめた話じゃありません。ただ、京都に住んでいる知人から聞いた話でして……信じるかどうかは、お客さんにお任せします。 東山のあたり、清水寺の参道からひとつ外れた細い路地をご存じでしょうか。観光客がいなくなった深夜に、そこをずっと歩いていくと、灯りもなく、看板もなく、まるで地図から切り取られたような小さな寺があるんだそうです。地元の人間は「影の寺」と呼んでいるらしい。ただ、地元の人間は、絶対にそこへは近づかないんだと。 ある大学生がいたんですね。二十歳かそこらの、まあ、どこにでもいるような若者です。友人たちと飲んでいるうちに、その話が出て、酔った勢いで賭けをしてしまった。「行けるもんなら行ってみろ、写真を持って帰ってきたら奢ってやる」と。馬鹿な話ですが、若いというのはそういうことでしょう。 秋も深まった十一月の夜だったと聞いています。参道の石畳を外れて、草の生
光州の復讐する霊
光州
皆さん、今日は光州の話をひとつしましょう。 確かなことは言えないんですが……光州の郊外のどこかに、今もゆっくりと朽ちていく建物があるそうです。かつて精神病院だったというその場所は、二十年ほど前に突然閉鎖されたとか。理由についてはいろんな噂があって、患者に何か酷いことをしていたとか、記録を改ざんしていたとか、そういった話です。正確なことは誰も知らないらしい。ただ、地元の住民たちの間では、もはや常識のように根付いていることがひとつあります。 夜は絶対に、あの近くに近づかないということ。 聞いた話なんですが。三十代の男性がいたそうです。廃墟探索というんでしょうか、使われなくなった建物を巡るのを趣味にしていた人で。その人が一人で、あの病院に入り込んだというんです。夜中の十二時を少し過ぎた頃に。 最初は何もなかったそうです。割れたガラス、ひっくり返った鉄製のベッド、壁から剥がれ落ちたタイルの
タプコル公園(탑골공원)の裏路地に漂う奇妙な気配
タプコル公園(탑골공원)の裏路地
あー、これ……話していいのかな。本当に私が直接聞いた話なんだけど、知り合いのお姉さんやお兄さんたちの間で広まってる話だから、確かなことは言えなくて。でも聞くたびに鳥肌が立つんだよね。 チョンノ(종로)のタプコル公園(탑골공원)、あるじゃない、あそこの裏手の路地。昼間に行けばただのお年寄りが囲碁を打ったりマッコリを飲んだりしてる、普通の下町の路地なんだけど……夜になると全然違うんだって。知り合いのお兄さんが夜の十一時過ぎにそこを通ったことがあるって。一杯引っかけて一人で歩いてたら、路地に入った瞬間から空気が急に冷たくなるんだって。真夏の七月だったのに。背筋に冷や汗がにじむあの感じ、エアコンの風でもなくて、ただ湿っぽくて重い冷気がどっと押し寄せてくるんだって。 その路地がちょっと変わってるのは、街灯はあるんだけど、光がそこでぷつりと途切れるんだって。電柱のすぐ真下は明るいのに、その光が地面
大地から湧き出た三神人の痕跡、三姓穴
済州市サムソンヒョル(삼성혈)
あ、これ……話していいのかな。本当に聞いた話なんだけど、最初はただ聞き流してたんだよね。でも、そうじゃない気がしてきて。 済州の三姓穴、知ってる?市街地のど真ん中にあるのに、入った瞬間にぱっと、街の音が消える森。そこに三つの穴があるじゃない。高乙那、良乙那、夫乙那、三人の神人が湧き出たっていうあの穴。耽羅国の始祖たちが生まれた場所だって、済州の人たちにとってはもうほとんど聖地みたいなものらしい。 でもこれ、ちょっとおかしいって話があるんだよね。どれだけ雨が降り注いでも、あの穴の中には絶対に水が溜まらないんだって。冬に雪が積もっても、穴の上だけきれいに積もらないって。周りは真っ白に覆われるのに。確かじゃないけど、そこを管理してる人たちも、それが説明できないって言うらしくて。 でも本当に怖いのはそこじゃないんだよ。 聞いた話なんだけど、数年前に写真を撮りに一人で行った女の人がいたんだっ
ムドゥンサン(無等山)のタンサンナム(당산나무)から消えた祭祀
ムドゥンサン(무등산)運林洞の堂山木
みなさん、今日持ってきた話なんですけど。 光州の方から聞いた話で、確かなことは言えません。ただ……あのあたりで囁かれている話です。 無等山の中腹、雲林洞へ向かう道の入り口に、ケヤキの木が一本あるそうです。樹齢五百年はくだらないといわれていて、幹があまりにも太く、大人が二、三人で手を繋いで囲んでも抱えきれないと聞きました。昔からその村の人たちは당산나무と呼んでいたそうです。村を守る神が宿る木、と。 毎年、正月の大望月になると、화주——祭祀を取り仕切る人——を決めて、당산祭を行っていたといいます。餅や果物を供えて、村の平穏を祈り、豊作を祈る。何百年もそうしてきたというんです。 それがいつの頃からか、途絶えてしまったそうで。 理由が少し妙なんですが。 화주を務めた人に、決まって何か良くないことが起きたというんです。はっきり説明するのが難しい、ただ家に影が差す、という言い方をしていまし
梨泰院の悲しき由来:異胎院の話
イテウォン(이태원)(旧ウンジョンサ(운종사)跡、現ヨンサン高校(용산고등학교)付近)
皆さん、今夜は梨泰院の話をしてみようと思います。 今わたしたちが梨泰院と呼んでいるあの街のことです。賑やかで騒がしいあの通りではなく、その下に眠る土地の話です。龍山の方へ上がっていくと高校がひとつあるのですが、そのあたりが昔、黄鶴谷と呼ばれていたそうです。そしてその黄鶴谷のどこかに、雲從寺という寺があったといいます。 尼僧だけがいらっしゃった寺だったそうです。確かではありませんが、当時はずいぶん静かで奥まった場所だったと聞いています。山の裾に寺がひとつ、尼僧が数人。それだけの場所でした。 そこへ、壬辰倭乱が起きました。 倭軍が漢陽まで攻め込んできたとき、その寺にも倭将が一人、部隊を率いて入ってきたといいます。聞いた話では、その倭将が雲從寺を駐屯地にしたとのことです。寺の庭に陣幕を張り、法堂に荷を解いて。尼僧たちには行き場がなかったでしょう。逃げることも、抗うこともできずに。 その
世宗路交差点の奇妙な声
セジョンノ(세종로)交差点
あ、これ話していいのかな……本当に私が直接聞いた話なんだけど。いや、私が経験したわけじゃなくて、えっと——知り合いのお姉さんから聞いた話なの。あの人、嘘つくような人じゃないから。だからこそ余計に気持ち悪いんだよね。 お姉さんが残業を終えて、一人で歩いてたんだって。世宗路の交差点の方に向かって。時間は夜中の十二時を過ぎてたって言ってた。冬だったらしくて、あの辺の道、わかる?政府庁舎に沿って曲がる、あの広い道路。昼間は人も車も多いのに、その時間になると本当にがらんとしてるんだよね。街灯は煌々と明るいのに、むしろそれがかえって変な感じに思えるような夜、あるじゃない。 歩いてたら、風が顔にぶつかってきたんだって。でもそれがただの冷たい風じゃなくて、なんか……湿っぽくて重い匂いが一緒に来たって。土と、何か腐ったような。真冬にその匂いがするはずないじゃない。そのときからおかしいと思い始めたって。
合羽橋に棲まう河童の恩恵
合羽橋、曹源寺
ねえ、聞いてる? 合羽橋の話、しようと思って。 道具街って、知ってるでしょ。業務用の鍋とか、包丁とか、プロが使うような道具がずらっと並んでる、あの通り。昼間は観光客が写真を撮って、活気があって、ぜんぜん怖い場所に見えない。わたしもそう思ってた。行くまでは。 去年の十一月だった。ちょうどこの時期みたいに、冷え込みが急に本格的になってきた頃。撮影の仕事で使う小道具を探しに、夕方から合羽橋をうろうろしてたの。でも目当てのものが見つからなくて、気づいたら閉店時間をとっくに過ぎてた。 通りから人が消えてた。 昼とはぜんぜん違う顔をしてた。街灯に照らされた銅鍋がショーウィンドウに並んでて、黒ずんだ光を反射して、なんかこう……静かで、きれいで、でも、人形みたいに整いすぎてて。わたし、なんとなく足が止まらなくて、ひとりで歩き続けてた。 そのうちに、曹源寺の方に来てた。 「かっぱ寺」って呼ばれ
浅草寺を襲った牛鬼
浅草寺、隅田川
これはね、ずいぶん昔の話だって聞いてます。鎌倉の頃のことらしい。らしい、というのは、確かめようがないからで。でも、確かめようがないからこそ、ずっと語り継がれてきた話でもあるんですよね。 浅草寺で、法要があったそうです。 秋の、雨上がりの夜だったとか。境内にお坊さんが五十人ほど集まって、読経をしていた。ろうそくの光が雨水を含んだ石畳に揺れて、お線香の煙が低く漂って、そういう、静かな夜だったらしいんです。 最初に気づいたのは、川の匂いだったって聞きました。 隅田川は近い。だから川の匂いがするのは別に不思議じゃない。ただ、その夜の匂いは少し違ったんだそうです。泥と、腐った草と、もうひとつ、何か獣のような……生臭いような……うまく言えないけど、普通じゃない匂いが、風もないのに、ふっと境内に流れてきたと。 読経の声が、少しずつ乱れていったそうです。 誰かが気づいた。川のほうから、何かが来
重林寺跡地の「祟り道」
重林寺 (跡地周辺の道路)
ねえ、聞いてくれる? 池袋の話なんだけど……確実かどうかはわからないんだけどね。ただ、地元に長く住んでるお年寄りから何人か、同じような話が出てるって聞いたから、もしかしたら、って。 重林寺、ってお寺があったんだって。今はもうないんだけど。慶安年間っていうから、江戸時代の初め頃に開かれたお寺でね、その周りはずっと、広いお墓だったらしいの。ずっと、ずっと長い間。何百年も、そこで眠ってきた人たちがいた場所。 それがね、ある時期に道路になったんだって。お墓の上に、そのまま。 最初は何も気づかなかったと思うのよ。ただの道路。車が走って、人が歩いて。でもね……その道路で、事故が続くようになったって。 一件、二件じゃないの。何度も何度も。なぜかその場所で、ってくらい続いたらしくて。地元の人たちの間で、だんだん「あそこは通らないほうがいい」って話になってきたんだって。 そのうちにね、こんな話を
鳳来寺山の天狗
鳳来寺山
ねえ、聞いてくれる? 愛知の、新城市のあたりにね、鳳来寺山っていう山があるんだけど……あそこに、去年の秋に一人で登った人の話、聞いたことある? 友人の友人から回ってきた話だから、確かめる術はないんだけど。でも、聞いた瞬間からずっと頭に残ってて。 その人、三十代の男性でね。名前は……まあ、仮にヨシカワさんとしておくか。一人でハイキングするのが好きな人で、鳳来寺山も何度か来たことがあったらしい。その日は特に深い意味もなく、紅葉を見たくてふらっと来たんだって。朝早く着いたんだけど、写真撮りながらゆっくり歩いてたら、気づいたら午後の三時を過ぎてた、と。 奥の院のほうまで行ってたらしいんだよね。あのあたりって、石段が千四百段以上あって、木が本当に深くて……昼間でも、空が細くしか見えないの。杉の幹が何十年、何百年って立ち並んで、地面に光がほとんど届かない。踏みしめるたびに、落ち葉のじっとりした
蛇池の大蛇
蛇池
……蛇池、ご存知でしょうか。 名古屋の西区、庄内川のそばに今もある池です。直径が百メートルほどもある、大きな池で。昼間は公園になっていて、子供たちが縁に並んで魚を眺めていたりする。なんでもない顔をした、ふつうの池です。 ただ、池のほとりに龍神社がある。石の小さな社で、大蛇を龍神として祀っているんだそうです。なぜ大蛇が龍神になったのか。その話が、少し妙な形で残っていましてね。 昔、ある若い武将が、この池に大蛇が棲んでいるという噂を聞いた。自分で確かめてやろうと、村人に命じて池の水を汲み出させた。何日もかけて。ところが、いくら汲んでも池は干上がらなかった。底がなかったそうです。武将は自ら刀を口にくわえて池に飛び込んだが、大蛇も底も見つからないまま引き上げた。それだけでも相当な話ですが……戻ってきたその武将が、それ以来、ほとんど口をきかなくなったと伝わっています。何かを見たのか、何かに会っ
京のマンション、異世界への入り口
京都市内のとあるマンションの中庭
ねえ、聞いてくれる? 京都の話なんだけど、ちょっと……ゾッとするやつで。確かめたわけじゃないから、あくまでも噂として聞いてほしいんだけどね。 市内のどこか、って感じで、場所はぼかして聞いてもらうしかないんだけど、ある普通のマンションの中庭の話なんだって。外観はね、よくある感じらしいの。植栽が少し植わってて、ベンチが一脚あって、タイル張りの、本当に何でもない中庭。でも……そこに住んでいた人が、ちょっと変なことを言い始めて。 その人、仮に田中さんって呼ぼうか。三十代の男性で、わりと理屈っぽいタイプだったらしいんだけど、引っ越してきて半年くらいのある夜、ゴミ袋を持って中庭に出たんだって。夜の十時ごろ。いつも通りに部屋のドアを閉めて、ゴミ置き場に向かおうとしたそのとき……なんか、変だなと思ったっていうの。 最初は体の感覚だったみたい。足元がふわっとして、頭がじわじわと重くなる感じ。立ち眩み
祇園の狸と消えた少女
祇園の路地裏
これはね、ちょっと前に聞いた話なんですけど。 確かめようがないんですが、まあ、聞いてください。 ある中学校の修学旅行、班行動で祇園を歩いていた子たちの話だそうです。何年前のことかはわからない。でも、話してくれた人は「本当にあったことだ」と言い張っていた。 建仁寺の山門のあたり、石畳の細い路地を、五、六人の班で歩いていたんだそうです。夕方近い時間で、観光客もだいぶ減ってきていた。格子戸の並ぶ古い家が続く通りで、足元の石が少し湿っていて、どこからか線香の匂いがしていたと、その子は後でそう言ったそうです。線香か、それとも別の何かかはわからないけれど、とにかく妙に甘ったるい、重たい匂いが漂っていたと。 その時です。 通りの脇の、木の引き戸が、ガラガラと音を立てて開いたんだそうです。誰が開けたわけでもない。自然に、すうっと。 戸の向こう、薄暗い土間の奥に、信楽焼の狸の置物があったそうです
合羽橋の河童大明神
曹源寺 (合羽橋道具街)
ねえ、聞いてる? これ、私が直接関わった話じゃないんだけど……でも、すぐそばにいた人の話だから、他人事みたいに笑えなくて。 去年の夏の終わりごろ、私の知ってる人が合羽橋で働いていてね。道具街の端っこの方にある小さな食器の卸問屋で、閉店後の棚卸しを一人で任されることが多かったんだって。夜の十一時、十二時まで残ることもざらで。 その日も、仕事を終えてシャッターを下ろして、道具街を一人で歩いていたらしいの。 夜の合羽橋って、昼間とは別の場所みたいになるんだって。包丁が並んだショーウィンドウも、プラスチックの食品サンプルも、全部シャッターの向こうに閉じ込められて、通りには街灯だけ。そしてあちこちに、河童の像がひっそり立っている。昼間は観光客が写真を撮って笑ってるような、愛嬌のある顔した河童たちが、夜になるとただ、そこに在るだけになるって言ってた。 その人が曹源寺の前まで差し掛かった時のこ
将門の首塚の祟り
平将門の首塚
……まあ、聞いてください。 東京の話です。大手町、あの高層ビルが立ち並ぶ、日本で一番地価が高いと言われるあたりの、ほんの一角の話。 知人から聞いた話なんですが、確かめたわけじゃありませんよ。ただ、そういう話が今でも静かに伝わっているんだ、ということだけ、まず頭に入れておいてください。 その人、仮にKさんとしましょうか、建設関係の仕事をしていた方でね。数年前、大手町のある工事現場に入ることになったと。現場監督の補佐みたいな立場で、最初の下見に一人で行ったそうなんです。 夕方でした。まだ陽は残っていたけれど、周りはもうビルの影で薄暗くなっていたと言います。現場の隣に、小さな囲いがあったと。石畳で囲われた、こぢんまりとした空間。木が一本、ひょろりと立っていて、石造りの何かが中央に据えられている。 Kさん、最初は神社の末社か何かだと思ったらしいんです。大きな敷地にたまにあるでしょう、氏神
影島大橋の下、果たされなかった約束の影
ヨンドダリ(영도다리)(占い師横丁)
みなさん、今日は釜山の話をひとつ聞かせましょう。 影島大橋はご存知ですよね。あの橋の南側のたもとに、昔「占い師横丁」と呼ばれていた場所があったそうです。今はずいぶん変わってしまいましたが、その横丁のどこかには、まだ何かが残っているという話が絶えない。確かなことは言えないけれど、あのあたりを長く歩き回ってきた人たちの間で、ずっと語り継がれている話なんです。 人から聞いた話です。 数年前のこと、生粋の釜山っ子という男がいたそうです。年は四十代の半ばくらい、ごく普通の会社員だったと言いますが。お母さんが亡くなって、まだ日が浅い頃のことでした。長く患って療養施設に入っていたのに、最期にちゃんと顔を見てやれなかった、そのことがどうしても胸に引っかかっていたようで。 その夜、どこへ行くあてもなく車を走らせているうちに、影島大橋の方へ流れ着いたと言います。日付が変わって少し経った頃でした。橋の下
行宮洞の占い師横丁、さまよう魂たちの場所
ヘングンドン(행궁동)の占い師通り(ファソムン(화서문)周辺)
あ、これ話していいのかな……私が直接体験したわけじゃないんだけど、聞いた話があまりにも生々しくて。でも話してると、自分まで鳥肌立ってくるんだよね。だから、ちゃんと聞いてて。 水原の行宮洞、華西門の近くに占い師の店がびっしり並んでる横丁があるじゃない。そこにね、知り合いのお姉さんが住んでたんだよ。ある日そのお姉さんから電話がかかってきたんだけど、声がすごく変なの。震えてるんじゃなくて、なんか平べったい声っていうか、感情が抜け落ちたみたいな。で、こう言うんだよ。「昨夜、何か見た」って。 聞いた話だから確かじゃないけど、あの横丁はもともと八達山の霊気がすごく強くて、巫女や祈祷師たちがわざわざ集まってきたんだって。ただ占い師が多いってだけじゃなくて、本当に霊的に強い土地なんだって。でもさらに鳥肌が立つのは華西門のことで。あの門はね、昔、朝鮮時代に、城の中から遺体を運び出すときに使ってた門なんだ
長安門の夜を守る魂
チャンアンムン(장안문)
みなさん、今日は水原で聞いた話をひとつしましょう。 確かなことは言えません。直接見た人から聞いたわけじゃなくて、その人の知り合いから聞いた話だそうで。つまり、また聞きなんですけど……それでも、ちょっと聞いてみてください。 水原華城の長安門、ご存知ですよね。北側の正門。昼間に行けば観光客もたくさんいて、写真を撮ったり、まあそういう場所なんですが。ただ、夜中の二時、三時を過ぎてあのあたりを通ると、何かが違うという話があるんです。 二、三年前の話だそうです。水原に住む男性で、名前はわからないんですけど、三十代の会社員だったそうです。残業を終えてバスを逃してしまい、歩いて家に帰る途中だったと。夜中の二時半ごろだったと思うと。長安門のそばの城壁沿いの道を通ることになって。 最初はただ静かだったそうです。その時間に人がいるわけもなく、街灯の光が城壁の石の上に長く伸びているだけで。ところが歩いて
地図から消えた村
杉沢村(青森市小畑沢小杉周辺)
これはですね、ある人から聞いた話でして、確かなことは申し上げられないんですが……聞いていただければと思います。 青森の、山の奥の話です。 地図に載っていない村がある、と。そういう噂を、聞いたことがおありでしょうか。杉沢村、と呼ばれている場所なんですが。現在の地名で言いますと、青森空港のそう遠くない、小畑沢小杉のあたりだ、とも言われているらしいんですが、実際どこなのかは、行った者にしかわからない、とも聞いています。 その村でですね、昔、ひとりの男が発狂した、というんですね。 突然に、です。理由は誰も知らない。前の日まで普通に暮らしていたその男が、ある朝、斧を手に取って、村人を端から端まで、ひとり残らず殺した、というんです。子も老いも関係なく。そのあと男も自ら命を絶って、村には誰もいなくなった。 以来、村は廃墟になって、地図からも消された。そういう話です。 まあ、それだけなら、昔あ
飴買い幽霊の寺
金沢市内の寺院
ねえ、聞いてくれる? 金沢に、古くから囁かれてる話があるんだけど。確かめた人がいるかどうかは……わからない。でも、何人かの口から、同じような話が出てきてるの。だから、きっと何かあるんだと思う。 ある飴屋の話、なんだって。 金沢市内の、古い路地の奥にある小さな飴屋。今もあるのかどうかは、はっきりしないんだけど。その店に、ある晩から、女が来るようになったらしいの。 夜の八時か九時ごろ。店じまいの直前を狙うみたいに、いつも決まった時間に。 店主が言うには、最初に気になったのは「音」だったって。戸が開く音じゃなくて、戸が開く前に、すでに気配がする感じ。カウンターの向こうに立っているのに、いつ入ってきたのかわからない、って。 女は毎回、同じことを言うんだって。 「飴を、一つ」 それだけ。金を置いて、飴を受け取って、振り返らずに出ていく。 顔はね、青白い、って表現しか出てこないらしく
光源寺の飴屋の幽霊
光源寺
これ、長崎の話でございます。 光源寺、ご存知の方もいらっしゃるでしょうか。長崎市にある、古いお寺でして。そのお寺に、飴屋の幽霊という話が伝わっているそうでございます。 似たような話は全国にあるそうで、ええ、子育て幽霊と申しましてね。ただ、長崎では特にこの光源寺の話として語り継がれているとか。聞いたのはずいぶん前のことですが、妙に細部が残っておりまして。 江戸の頃のことだと言います。 麹屋町というところに、小さな飴屋があったそうです。ある晩の九つ過ぎ、もう店じまいしようかという刻限に、女が一人、戸口に立ったらしい。 主人が顔を上げると、青白い顔の女で、髪がぐっしょりと濡れているように見えたそうです。雨は降っていなかったのに、と。それで、一文銭を一枚、土間にそっと置いて、飴をひとつ、買って帰った。 翌晩も来たそうです。同じ刻限に、同じ女が。 主人は最初、近くの長屋の者だろうと思っ
出雲大社 鳥居と縁切りの噂
出雲大社 (鳥居)
……少し、聞いていただけますか。 出雲大社のことは、ご存じでしょう。縁結びの神として名高い、あの御社のことです。ですが……鳥居のことで、妙な話が伝わっておりまして。確かなことは申せませんが、ここしばらく、耳に入ってくる話なものですから。 これは、ある女の方から聞いた話だと言います。 三年ほど前のことだそうです。その方は、長く付き合っておられた男性と、ふたりで出雲へいらしたそうで。縁結びの御社ですから、まあ、それはおめでたいことのように思えます。秋の初め、空はまだ明るく、境内には参拝の方もそれなりに出ておられた、と。 ふたりは、手を繋いで鳥居をくぐったそうです。大鳥居を、一緒に。 ご参拝を済ませて、御守りも買われて、とても穏やかな一日だったと、その方はおっしゃっていたそうです。帰り際も、また同じように、手を繋いだまま鳥居をくぐって出た、と。 その晩のことです。 ふたりでお土産を
江の島カップル破局のジンクス
江の島 (特に江島神社、恋人の丘)
ねえ、聞いてくれる? 江の島のことなんだけど。 知ってる人は知ってると思うんだけど、あそこにはカップルで行くと別れるっていうジンクスがあるって、ずっと前から囁かれてるの。まあ、そういう話ってどこにでもあるじゃない、って笑える人は笑っていてもいいんだけど……これ、ちょっと笑えない話を聞いちゃって。 友達の友達のそのまた友達、みたいな話で申し訳ないんだけど、去年の秋に実際に行った人がいるらしいの。大学の同期のカップルで、付き合って二年になるお祝いに、って。仲がよかったみたいよ、すごく。 夕方に島についたんだって。人がまだ残ってる時間で、土産物屋もあいてて、揚げまんじゅうの甘い匂いがあたりに漂ってたって言ってた。ふつうの、観光地の夕方。彼女のほうはもう嬉しくて、彼の腕に絡まりながら参道を上がっていったって。 江島神社の、あの本殿に着いたのは日が落ちかけた頃で。灯籠にぽつぽつ明かりが入り
江の島岩屋の消えた時間
江の島岩屋
これはですね、知人から聞いた話なんですが……確かめようのないことも混じってますから、まあ、そういうつもりで聞いていただければ。 江の島の奥、岩屋のことなんです。 あの島、行かれたことある方はわかると思うんですが、大鳥居をくぐって裏手まで歩くと、だいぶ時間がかかる。階段がいくつもあって、人が多くて、足元も悪いところがある。普通に歩けば、一時間、もう少しかかることもある。そういう道のりなんです。 で、その人……仮にKさんとしておきましょうか。Kさんが、友人カップルと三人で江の島を訪れたのが、ある秋の夕方だったそうなんです。 観光半分、都市伝説の話半分で盛り上がってたらしくて、岩屋のあたりで時間の感覚がおかしくなるって噂があるって話になったんだって。時間が消える、とかね。まあよくある話じゃないですか。Kさんも最初は半笑いで聞いてたらしい。 そこで三人で実験してみようってことになった。
腹切りやぐらの慟哭
北条高時腹切りやぐら
これはですね、知り合いから聞いた話でして。確かめようとは思ったんですが、確かめるには少々、重すぎる場所でございまして。 鎌倉に、東勝寺跡というのがあるのはご存知でしょうか。北条一族が最期を迎えた場所だと言われている。元弘三年、幕府が滅びた年のことです。北条高時をはじめ、一族郎党およそ八百人が、その崖のやぐらの中で次々と自害した、と。 その奥まったところに、「腹切りやぐら」と呼ばれる史跡がある、というんですね。 今でも行けるんだそうです。昼間は。 で、その知り合いというのが、カメラが趣味の男でして。三十そこそこの、わりと肝が据わっているほうの人間でした。夏の終わりのころ、日が落ちてからひとりで行ってみたんだそうです。肝試しというよりは、夜の撮影がしたかった、と。それだけの理由で。 東勝寺橋のあたりから山のほうへ入っていくと、だんだん民家の灯りが遠くなる。街灯もほとんどない。足元の石
井の頭公園の首無し女
井の頭恩賜公園
……聞いたことがございますか。 井の頭の池のことを。 確かなことは申せません。ただ、こちらへ参られる方々から、折に触れて同じような話を耳にするものですから……少しだけ、お伝えしておこうかと思いまして。 あれは、ある秋の終わり頃のことだと聞いております。吉祥寺の街が賑わいを収めて、公園の入り口から人の声が消えていく、そういう時刻のことだったそうです。 二十代の男女が、弁天池のほとりを歩いておりました。恋人同士だったとか。夜の池を見ながら、ゆっくりと歩いておられたそうです。十一月の初め頃でしたか、池の水面に街灯が映って、橙色に揺れていたと、後に男の方が話しておりました……その男の方が、後に話せる状態であったということは、まあ、そういうことなのですが。 池の端に、さしかかった時のことです。 女の方が、ふと立ち止まったそうです。何かに気づいたように。男の方は少し先を歩いておりましたから
吉祥寺幽霊ビルの呪い
吉祥寺エコービル (現・吉祥寺駅前のある手芸専門店)
これはですね、ある知人から聞いた話でして。確かめようのないことですから、あくまでも、そういう噂があった、ということで聞いてください。 吉祥寺の駅前に、かつて「エコービル」という商業施設があったそうです。 駅直結ですよ。あの吉祥寺の、改札を出てすぐの場所に。人が流れないわけがないんです、普通は。ところが、なぜかテナントが入るたびに、半年、一年と経たないうちに撤退してしまう。次が入る、また出ていく。気がつけばシャッターばかりが並んで、昼間でも薄暗い、そういうビルになっていったんだそうです。 地元の人たちはそのビルを「幽霊ビル」と呼んでいたと言います。 なぜそんな風に呼ばれたのか。理由については、ひとつの話が伝わっています。 そのビルを建てる際、立ち退きを求められた住人の中に、一人だけ最後まで首を縦に振らなかったお婆さんがいたんだそうです。どのくらい粘ったのかは分かりません。ただ、最終
黒い淵の女の亡霊
コムンソ(거믄소)
昔の話でな……いや、昔でもないか。ほんの数年前のことで、わしが直に見たわけじゃない、人から聞いた話なんじゃが。まあ、ちょっと聞いてみてくれ。 済州島のことじゃよ。オルレ道を歩く人が多いじゃろ。その道沿いに、거믄소という場所があるそうでな。黒い淵、という意味なんじゃが、名前からしてもう、何かあるじゃろ。森がどれほど深いか、真昼でもまともに光が差し込まんというんじゃ。木の葉が隙間なく絡み合うて、空が見えんほどだというんじゃよ。そうなれば水がどれほど黒いか、わかるじゃろ。水面に顔を近づけても、自分の顔が映らんというんじゃ。ただ墨のように黒い水があるだけだと。 それでな……そこには古い噂がある。深い恨みを抱えた娘がいるというんじゃよ。どうして死んだのかは、誰もはっきりとは知らんらしい。水に落ちて死んだとも言うし、誰かに突き落とされたとも言う。定かではないが。とにかくその恨みがどれほど深いか、今
トンネコ(돈내코)で踊る死霊たち
トンネコ(돈내코)墓地、トンネコ(돈내코)キャンプ場
あ、これ……話していいのかな。本当に知り合いから聞いた話なんだけど、最初はまあそんなもんかって聞き流してたんだよね。でも今思い返すと鳥肌が——ちょっと待って、順番に話すね。 済州島のソギポ(서귀포)の方にトンネコ(돈내코)っていう場所があるじゃない。渓谷とキャンプ場があるとこ。そのキャンプ場に上がっていく道のそばに墓地があるんだって。かなり古い墓地らしいんだけど、はっきりはわからない。でも地元の人たちはその一帯を……なんか、「土地の気が強い」って言い方をするんだって。設備もほとんどないし、周りに家もあんまりない。なんでそうなのかは誰もはっきり言わないけど、みんな知ってるみたいにして、静かに避けてるらしいんだよね。 聞いた話なんだけど、そこでキャンプした人の話ね。一人じゃなくて、友達三人でテント張って寝てたんだけど——その日に限って小雨が降ってたんだって。晩秋だったかな、とにかく渓谷の方
5・16道路の影
5・16道路
みなさん、今日は済州島の話をひとつしましょう。 5・16道路、ご存知ですよね。済州市内から西帰浦の方へ越えていくあの道。漢拏山の中腹を横切る道路で、昼間に通れば両側に杉の木がずらりと並んで、なかなか壮観に見えたりもします。でも、あの道についてちょっと妙な話が囁かれているんです。人から聞いた話なんですが、よかったら聞いてみてください。 私の知り合いに済州に住んでいる方がいます。五年ほど前のこと、その方が夜の十一時頃、西帰浦で仕事を終えて5・16道路を上っていたそうです。普段から何度か通ったことのある道だったので、特に身構えてはいなかったと言っていました。ただその夜に限って、やけに霧が深く立ち込めていたそうで。ヘッドライトの届く範囲だけが白く霞んで見えて、その先はただ黒い闇でした。 上っていくと、中ほどに長くカーブが続く区間があるんです。そこで少し速度を落としたとき、突然、車内の温度がす
中央路駅の幼い影
チュンアンノヨク(중앙로역)
みなさん、今日は大邱の中央路駅のあたりで聞いた話をしようと思います。 数年前から、夜にあの辺りを歩く人たちの間でひそひそと広まっている噂なんですが……確かなことは言えません。私も、聞いた話をそのまま伝えているだけです。 駅へ下りていく道の入り口、ご存知ですよね。そこから細い路地を入ったところに、青いポータートラックがときどき停まっている場所があるそうで。ある方が——仕事を終えて遅くに帰っていた三十代の男性だと聞きましたが——真冬の夜中の一時頃、その前を通りかかったとき、何かおかしなものを見たというんです。 荷台の上に、子どもが座っていたというんです。 七歳か、八歳くらいでしょうか。女の子だったそうです。街灯の光がちょうどその真上に落ちる場所に、ひとりで座って、両足をまっすぐ前に伸ばしていたと。 その方は最初、そのまま通り過ぎようとしたそうです。でも、足が自然と遅くなったと。何かお
月尾島のフジツボ怪談
ウォルミド(월미도)の海辺
昔のことでな、いや昔でもないか……ほんの数年前の話なんやけど、人から聞いた話やから確かなことは言えん。ただ、なんでか知らんけど、ふとした拍子に思い出してしまう、そういう話なんや。 仁川の月尾島、あの海辺のことや。夏になると若い連中がわんさか集まる場所でな。ある夏の夕方のことやったそうで、二十歳そこそこの娘さんが友達と遊んどって、防波堤のほうの岩の上で足を滑らせたんやて。あのへんの岩は苔むしてフジツボがびっしり張りついとるやろ、その上でずるっと滑って、膝をしたたか打ちつけてしもたんや。血も出て、ひりひりもしたんやけど、まあみんなそういうもんやろ、「大丈夫大丈夫、消毒すれば済む話や」って、そのままにしてしもたんやて。 ところがな。一週間経っても、二週間経っても、いっこうに治らんのや。傷そのものは塞がったそうなんやけど、膝の内側がずっとだるくて、歩くたびに何か音がするようになったんやて。カチ
月尾島から消えた子ども
ウォルミド(월미도)遊園地
あの……これ、話していいのかな、ほんとに。初めて聞いたとき、家まで歩いて帰りながら、街灯の下に来るたびに立ち止まったんだよね。自分の影以外に、もう一つ影が動いてるんじゃないかって。それくらいなんだよ、これ。 人から聞いた話なんだけど。知り合いの姉ちゃんの友達が直接聞いたって言うの。その姉ちゃん、もともとこういう話を全然平気な顔で受け流せる人らしくて。怪談聞かせても「だから何なの」ってタイプ。なのにこれを話してるとき、途中で自分から止まったんだって。声が小さくなったんじゃなくて、ただ――口を閉じたって。しばらく。それがいちばん鳥肌だったって。 月尾島の遊園地、閉園前の話らしい。夏、七月の中旬ごろ。はっきりはしないけど。海の潮の匂いとどこかから漂ってくる揚げ物の油の匂いが混ざり合って、人でごった返してる、そんな昼間だったって。七歳の女の子が回転木馬を見た瞬間、お母さんの手をぱっと振り払って
チャイナタウンの怪しい中華料理店
インチョン・チャイナタウン(인천 차이나타운)内のある中華料理店
みなさん、今日は仁川チャイナタウンの話をしようと思います。 確かなことは言えません。あのあたりで配達の仕事をしていた人たちの間で、ひっそりと囁かれていた話なんですが……聞いた人がみんな同じようなことを言うので、今日思い切って口にしてみます。 チャイナタウンの奥、観光客がよく歩く大通りから路地を一本曲がったところに、中華料理店があるそうです。看板はごく普通で、ジャージャー麺も出すし、出前も取れる、どこにでもある店。その店に何度も配達に行っていた人がいて、二十代半ばの若い男だったそうです。その日もただの配達でした。夜の八時ごろ、注文を二件持って店の前にバイクを止め、インターホンを押して、料理を渡す。それだけのはずだったのに。 その日に限って、マネージャーが自ら出てきたんです。四十代に見える男で、いつものアルバイトではなかった。料理を受け取るなり、計算が合わないだの、ちょっと中に入って確認
南浦洞の古い映画館の怪談
ナンポドン(남포동)のある映画館
あ、これ話していいのかな……でも本当に聞いた話だし、いつまでも抱えてるのも何か違う気がして。 南浦洞にさ、古い映画館があるんだよね。名前は伏せとく、まだそこ知ってる人がいるから。はっきりはしないけど、かなり古いらしくて、数十年は経ってるって聞いた。昔そこでバイトしてたお姉さんがいてさ、友達のお姉さん。そのお姉さんがある日、お酒飲みながらこの話を持ち出したんだけど……お姉さんって元々そういう話しない人なんだよ。淡々としたタイプ。でもその日は本当に、声が違ったんだって。 深夜上映が終わると、十二時過ぎに閉館清掃をしなきゃいけないんだって。お姉さんが担当してたのが3番スクリーン。一番奥にある小さな上映室。お客さんが全員出たあと、照明が半分落ちた状態でひとりで入って、カップとかゴミを拾って、座席を拭いて出てくるだけ。別に大したことないじゃん、ただの清掃だし。 でもある夜のことらしくて。お姉さ
落ちた芸能人と、江南のあのマンション
カンナム(강남)の特定の高級マンション
あ、これ話していいのかな……自分が直接体験したわけじゃないんだけど、聞いた話でさ——でも話してくれた人がすごく真剣な顔してて、気づいたら鳥肌が立ってたんだよね。確かなことは言えないけど、江南のど真ん中にある高級マンションの話。名前は言わない。知ってる人は全員知ってるって言うから。 そのマンション、見た目は本当に立派なんだって。ロビーには大理石が敷いてあって、警備室もピシッとしてて、一目で「ここに住む人間は違う」ってわかるような場所らしい。でも業界の人たちの間では、お互いに声を潜めて「あのマンション、知ってるよね」って言えば全員通じるっていうんだよ。 そこに数年前、かなり売れてた女性芸能人が入居したって話がある。ドラマの主演クラスだったって。引っ越して一ヶ月も経たないうちに、突然撮影現場で倒れたんだって。最初は過労だって言われた。でもおかしいのが、病院でいくら検査しても数値は全部正常だっ
塔谷公園の裏路地に宿る怨霊たち
タプコル公園(탑골공원)の裏道
みなさん、今、何時ですか? いいんです。ただ、なんとなく聞いてみたくなっただけで。 今日は塔谷公園の話をしようと思います。公園そのものじゃなくて、裏手に回る路地の話です。ご存じの方はわかると思いますが、鍾路のど真ん中なのに、あの路地に入った途端、空気が変わるって言う人がいるんですよ。昼間でも。真昼の日差しが強い時間でも、あの路地の入り口に差しかかると、首筋がすっと冷たくなるって。そういう人が、けっこういるんです。 気のせいならいいんですけど。 聞いた話なんですが、数年前、あの路地をよく通っていた人がいたそうです。四十代前半の男性で、名前はKさんとしておきましょう。近くに出版社があって、帰り道にいつもその裏路地を歩いて抜けていたそうです。ある日の夕方、ちょうど夏の入り口のころ。まだ日が残っている七時ごろ、路地の片側に女が立っていたというんです。 特に変わったところはなかったそうです
寺を彷徨う火の玉
大安寺・白毫寺周辺
……少し、聞いていただけますか。 確かなことは申せません。ただ、この社に仕えておりますと、折々にそういうお話が耳に入ってくるのでございます。どこそこで見た、誰それから聞いた、と。そのひとつを、今夜はお伝えしようと思います。 大安寺の、少し東へ入ったあたりのことだそうです。白毫寺へ続く古い道、ご存じでしょうか。昼間でも木々が重なり合って薄暗い、あの細い道でございます。 聞いた話では、これはもう十数年ほど前のことらしいのですが……ある秋の夜半過ぎ、その道をひとりで歩いていた男の方がいたそうで。名前は存じません。ただ、奈良に詳しい方で、夜道も慣れているつもりだったと、後に誰かに語ったと聞いております。 その夜は月も出ておらず、足元を照らすのは自分の懐中電灯だけだったそうです。秋とはいえ底冷えのする夜で、草いきれもなく、ただ石畳の濡れた匂いだけがしていたとか。 その方が古い石垣の脇を過ぎ
廃神社の狐憑き
白高大神
ねえ、聞いてる? 奈良の話なんだけど……確かめたわけじゃないから、あくまで聞いた話として聞いてね。 白高大神、って読むらしいんだけど……奈良の市街地からそう遠くないところに、そういう廃神社があるんだって。昔は新興宗教の修行場だったって話で、今はもう誰も管理してなくて、鳥居はとっくに朽ちて、境内に踏み込むと、なんか空気が違うって言う人が多くてね。ただ古びてるっていうんじゃなくて……何かが、こびりついてるみたいな、そういう重さがあるって。肝試しスポットとして、けっこう昔から名前が出回ってるらしいのね。 これ、何年か前の話なんだけど。 女の子が四人だったかな、大学生のグループで、夜に行ったんだって。夏の終わりごろで、でも山の空気って夏でも底冷えするじゃない。その子たちも、入り口の鳥居を潜ったとたんに、ひんやりした風が足元を撫でていったって言ってたみたい。上から吹いてきたんじゃなくて、地面
生田神社の別れのジンクス
生田神社
生田神社、ご存知ですかね。 神戸の三宮、あのにぎやかな繁華街のすぐそばに、ひっそりと鎮まっている神社でございます。縁結びの神様として知られていて、休日ともなれば若いカップルが参道を連れ立って歩いている、そういう場所だそうで。 ただ……聞いた話なんですけどね。 あそこはカップルで行くと、別れるというんです。 まあ、よくあるジンクスですよ、と笑う方もいらっしゃるでしょう。でも私が聞いたのは、ちょっとそれとは毛色の違う話でして。 祀られているのが女神様なんです。それも、愛に深く関わる神様。で、その神様が……ひどく嫉妬深いというんですな。仲のいいカップルを見ると、許せないんだと。特に、長く真剣に付き合ってきた二人ほど、別れる確率が高いってささやかれているらしくて。 確かめようのない話ですけどね。 ただ、ある男性から直接聞いた話がありましてね。 その方、当時三年付き合っていた彼女さん
姥ヶ池の鬼婆
花川戸公園 / 姥ヶ池
さて、今日お話しするのは……浅草のお話でございます。 浅草寺からほんの少し、歩いて五分もかからないところに、花川戸公園という小さな公園がありましてね。地元の方はご存知かと思いますが、あそこに人工の池がひとつ、ぽつんと作られている。姥ヶ池、と申します。 まあ、昼間に見れば何ということもない、どこにでもあるような公園の池です。鯉が泳いでいたりもするそうで。 ただ……あそこに立っている石碑には、少しばかりいわくがありまして。 聞いた話なんですけどね、今から随分と昔のことだそうです。あの辺り一帯はまだ「浅茅ヶ原」と呼ばれていた、湿地だったそうで。葦がざわざわと揺れるばかりの、人気のない荒れ地だったらしい。そこに一軒だけ、あばら家があったんだって。 そこに老婆がひとり、住んでいたと。 旅人を泊める宿として看板を出していたらしいんですね。浅草寺に参る人間が道に迷うと、その灯りを見つけて立ち
宇田川町の人喰い松
宇田川町(北谷稲荷神社付近)
……聞いた話です。確かかどうかは、わたくしにも分かりかねますけれど。 宇田川町に、かつて松の木があったそうです。 北谷稲荷の、ちょうど参道の脇のあたり、と聞いております。昭和のはじめ頃には、もうそこにあったのだとか。枝ぶりが見事で、遠くからでも目を引くほどの大きな木だったと。ただ、その木の下に立つと、どういうわけか、真夏の盛りでも、ひやりとした空気が足元から這い上がってくるような感覚があったそうです。肌に触れる、というより、肌の内側を撫でるような冷たさ、と言った方が近いかもしれません。 「人喰い松」という名で、土地の者たちは呼んでいたのだそうです。 なぜそう呼ばれるようになったのか、はっきりとしたことは誰も言わないのですけれど、ずいぶん古くから、その松の根元に近づいた者が、気づいたら日が暮れていた、とか、帰り道が分からなくなった、とか、そういった話は絶えなかったようで。ただ、みなそ
千駄ヶ谷トンネルの逆さまの女
千駄ヶ谷トンネル
これはですね、知人から聞いた話でして、確かめようがないんですが、まあ、そういう話として聞いてください。 千駄ヶ谷のトンネル、ご存知ですか。渋谷区にある、わりと短い、ごく普通のトンネルなんですけど。車で通ると一分もかからない、そんな距離なんです。昼間に通れば何でもない。ただの暗いコンクリートの筒で、出口の光が見えて、それで終わり。でも、あそこにはずいぶん昔から、変な話が絶えないんだそうで。 トンネルの真上に、お寺があるらしいんですね。で、そのお寺の墓地の真下を掘り抜いて造ったと、そう言われているそうで。本当かどうかは、わからないんですが。まあ、それが本当なら、確かになんとなく、納得してしまうような話が続いているんです。 知人の友人、というか、そのまた知り合いの男性なんですが、仮にKさんとしておきますね。Kさんは都内に住んでいて、仕事帰りに車でそのトンネルを通ることが多かったらしい。深夜