みなさん、今日はプサン(부산)の話をひとつ。
ヘウンデ(해운대)はご存知ですよね。夏になればパラソルや浮き輪であふれかえって、足の踏み場もないあのヘウンデ(해운대)です。でもあそこに長く住んでいる人たちの間で、ひっそりと囁かれている話があるんですよ。日が沈んだあと、あの砂浜をひとりで歩くなって。ただの用心じゃなくて、本当に、絶対にひとりで歩くなっていうんです。
これを聞いたのはもう何年も前のことで。プサン(부산)生まれの人から聞いた話なので、ちょっと伝えてみようと思います。確かなことは言えませんが、あのあたりではそこそこ知られた話らしいんです。
何年か前の夏のことだったそうです。大学生のグループがヘウンデ(해운대)で夜を過ごしていたんですって。お酒を飲んで、砂浜に座ってわいわいやって、みんな浮かれていたんでしょうね。ところが夜中の一時ごろになって、友人たちがひとりふたりと宿に引き上げていき、一人だけ残されたんだそうです。ジフン(지훈)という子だったと言います。酔いがまだ残っていたのか、もう少し風に当たるからと言って、ひとりで砂浜に残ったんですって。
最初はただ歩いていたんでしょう。波の音を聞きながら、足の下の砂を踏みしめながら。夏の夜明けの海ってそういうものじゃないですか、空気も潮っぽくて風も吹いてきて。あの感じ、わかる方にはわかると思います。
ところが五分ほど歩いたときのことだったそうです。
背後から笑い声が聞こえたというんです。低くて、ゆっくりとした、どこから来るのかよくわからないような声。ジフン(지훈)が振り返ってみると、何もいなかったそうです。砂浜には人どころか、足跡ひとつなかったって。気のせいだろうと思ってまた歩き始めたら、今度はもっと近くから聞こえてきたというんですよ。耳のすぐ真横から出ているみたいに。
そのとき、ジフン(지훈)が感じたものが何かわかりますか。寒かったそうです。真夏の夜なのに、急に首の後ろがひやりとして、ぞわっと鳥肌が立ったって。何かがおかしいと、体が先に気づいてしまうあの感覚あるじゃないですか。それが来たんだそうです。
足を速めようとしたとき、砂の上に伸びた自分の影が目に入ったというんです。近くに街灯がひとつあって、影が前方に長く伸びていたんですが、それがおかしかったというんです。自分の影の隣に、もうひとつ影があったんですって。
みなさん、これがただ形が似ているというだけじゃなくて、自分のものとほとんど同じ形をしているのに、自分が立ち止まっていてもその影だけが独りで動いていたというんですよ。腕をゆっくりと持ち上げながら、ジフン(지훈)のほうへ顔を向けるように。
ジフン(지훈)は悲鳴を上げたそうです。そして走り出したんですが、砂が足にまとわりつくようで、なかなか足が上がらなかったって。一歩踏み出すたびに、何かが引っ張っているような感覚がしたそうです。やっとの思いで道路まで抜け出したとき、一度だけ後ろを振り返ったら。
砂浜に影がひとりで立っていたそうです。ジフン(지훈)はもう街灯から遠く離れていたのに、その影はまだそこにあったって。光源もないのに。そして海のほうへ向かって、腕を伸ばしていたというんです。
それからジフン(지훈)がどうなったのかはわかりません。元気にしているという話もあるし、あれ以来プサン(부산)に帰っていないという話もあって。
でもね。
ヘウンデ(해운대)の夜に行ったことのある方、砂浜の影を数えてみたことはありますか?