あー、これ……話していいのかな。本当に私が直接聞いた話なんだけど、知り合いのお姉さんやお兄さんたちの間で広まってる話だから、確かなことは言えなくて。でも聞くたびに鳥肌が立つんだよね。
チョンノ(종로)のタプコル公園(탑골공원)、あるじゃない、あそこの裏手の路地。昼間に行けばただのお年寄りが囲碁を打ったりマッコリを飲んだりしてる、普通の下町の路地なんだけど……夜になると全然違うんだって。知り合いのお兄さんが夜の十一時過ぎにそこを通ったことがあるって。一杯引っかけて一人で歩いてたら、路地に入った瞬間から空気が急に冷たくなるんだって。真夏の七月だったのに。背筋に冷や汗がにじむあの感じ、エアコンの風でもなくて、ただ湿っぽくて重い冷気がどっと押し寄せてくるんだって。
その路地がちょっと変わってるのは、街灯はあるんだけど、光がそこでぷつりと途切れるんだって。電柱のすぐ真下は明るいのに、その光が地面に届かないって言うんだよ。おかしいじゃない、それ。お兄さんも最初は古い街灯だから弱いのかなって思ったらしいんだけど。
でも聞いた話だと、あの場所はもともと寺の跡地だったらしくて。何百年も前に火事で焼けて廃れた寺。朝鮮時代ずっと、ソウルの真ん中なのに草木が生い茂ったまま放置されてた土地だったって。確かじゃないけど、だから都の中で身を隠す場所のなかった人たちがそこに集まったんだって。夜ごとに。愛を交わす男女もいたし、行き場のない人たちもいたし。何百年分の人の縁がその土地にぜんぶ染み込んでるって言うんだよ。
あのね、本当に怖いのはここからなんだけど。
お兄さんが路地の真ん中あたりまで来たとき、路地の奥の暗がりで何かが見えたって。最初はホームレスの人かなって思ったらしいんだよ。うずくまった人のシルエットが塀にもたれてるように見えたって。でも近づいていくと……影だけがあるんだって。塀に影が映ってるのに、それを作り出すはずの人がいない。街灯もそこには届かないって言ってたじゃない、つまり光そのものがない場所なのに、影がある。
お兄さんはその場で立ち止まったって。
そのとき、匂いがしたって。お香の匂い。お寺で嗅ぐような、あの濃くてむっとするお香の匂いが路地の中に充満してるんだって。真夏の夜のチョンノ(종로)の裏路地で。周りにお寺もなくて、お店もぜんぶ閉まってる時間に。お兄さんがその匂いを嗅いだ瞬間、塀に映ったその影がゆっくりと顔を向けたって。髪が長かったって。影なのに髪の毛が見分けられたって、意味わかる?
お兄さんそのまま走ったって。後ろも振り返らずに。
後になって、その辺に長く住んでるお年寄りから聞いた話なんだけど、あの路地のお年寄りたちも夜は絶対に通らないって言うんだって。理由を聞くと「古い場所だから」って言葉を濁すだけなんだって。もっと聞くと表情が固まるって。
除霊師か何かをやってる人がその場所で何かを感じて尋ねてみたら、そこにいるのは成仏できないんじゃないって。成仏したくないんだって。何百年もの間、その土地に寄り添った人たちのぬくもりが積もり積もって、そこが好きなんだって。
でもその言葉のほうがもっと怖かった。成仏したくなくてそこにいるなら……あの影が顔を向けたのは、お兄さんにただ一緒にいようって言ったってことじゃない。