皆さん、今日は鍾路のほうで聞いた話をひとつ。
私が直接体験したわけじゃないんです。知り合いから聞いた話で、その人もまた誰かから聞いたと言っていて。だからどこまでが本当のことなのか、私にも保証はできません。
数年前からのことらしいんですよ。最初は冠岳区のほうのビラ街の路地で始まったと言われていて、ある時期から鍾路一帯の住宅地でも似たような話が広まり始めたそうです。
ある女性の話です。鍾路のどこか、古いビラの三階にひとりで住んでいたそうで。ある夜、仕事帰りに階段を上がっていたら、玄関の前でふと足が止まったというんです。何か変な感じがして。疲れているせいだろうと思って気にしなかったんですが、翌朝出かけようとしたときに、目に入ったそうです。
チャイムの脇に、落書きがあったというんです。
小さな文字で。ボールペンなのかマジックなのかわからないけれど、壁に貼りつくように書いたのか、跡が浅かったと言っていました。ギリシャ文字のようでもあり、ラテン文字のようでもある記号が、二行にわたって並んでいたそうです。「α…X…β…J」といった具合に。意味のつかめない組み合わせだったと。
最初は子どものいたずらだろうと思ったそうです。消してしまって、忘れていたんですが。
それからしばらくして、地域のオンラインコミュニティに似たような写真が上がり始めたというんです。鍾路一帯の別のビラ、別の路地でも、まったく同じ形の落書きが見つかったと。そのときになって初めて、この女性も背筋が冷たくなったと言っていたそうです。
人々の間で、ある解釈が広まり始めました。これは暗号だというんです。犯罪を計画している者たちが、あらかじめ家々に情報を書き記しておくのだと。たとえば、「この家はひとり暮らしの女だ」、「この家は昼間に空になる」、そういった意味が記号ひとつひとつに込められているという話が流れていました。確かめられたことではないんですが。
警察への通報もかなりあったそうです。ところが不思議なことに、防犯カメラには何も映っていなかったというんです。路地にカメラのある家もあったのに、落書きが現れる前夜から当日の朝にかけての映像に、誰ひとり通り過ぎた形跡がなかったと。誰がいつ書いたのか、結局最後まで突き止められなかったそうです。
その女性、自分の玄関のチャイム脇にあった落書きを消した後も、しばらくまともに眠れなかったと言っていたそうです。理由がありました。
落書きを消してから四日ほど経った夜のことだったそうです。日付が変わってしばらくして、トイレに起きようとしたら、玄関のほうから音がしたというんです。ドアを引っ掻く音でも、叩く音でもなく、何かがドアに触れているような感覚。その女性の言い方がそうだったそうです。音じゃなくて、振動だったと。耳で聞こえるんじゃなくて、足の裏から伝わってくるような感じだったと。
怖くて身動きひとつできずにいたら、しばらくして静かになったそうです。
翌朝出てみると、消したはずの場所に、また何かが書かれていたというんです。
前と同じ記号だったのか、違う記号だったのか、その方はあまりに怖くてちゃんと見ることができなかったと言っていました。写真だけ撮って、すぐに下りてきたそうです。
その後どうなったのかは、私も聞いたのはそこまでです。
ただ、この話をしてくれた人が最後にこう言ったんです。自分の家のチャイムを一度確かめてみてくださいと。特に古いビラに住んでいる方は、と。
でもね、皆さん。私はその言葉を聞きながら、ひとつのことがずっと引っかかっていたんです。
落書きを消したのにまた現れたということよりも、防犯カメラに誰も映っていなかったということよりも。
その女性が最初に変な感じを受けたのが、落書きを見る一日前だったということ。
つまり、落書きを見る前から、すでに何かがそこにいたということじゃないですか。