みなさん、今日持ってきた話なんですけど。
光州の方から聞いた話で、確かなことは言えません。ただ……あのあたりで囁かれている話です。
無等山の中腹、雲林洞へ向かう道の入り口に、ケヤキの木が一本あるそうです。樹齢五百年はくだらないといわれていて、幹があまりにも太く、大人が二、三人で手を繋いで囲んでも抱えきれないと聞きました。昔からその村の人たちは당산나무と呼んでいたそうです。村を守る神が宿る木、と。
毎年、正月の大望月になると、화주——祭祀を取り仕切る人——を決めて、당산祭を行っていたといいます。餅や果物を供えて、村の平穏を祈り、豊作を祈る。何百年もそうしてきたというんです。
それがいつの頃からか、途絶えてしまったそうで。
理由が少し妙なんですが。
화주を務めた人に、決まって何か良くないことが起きたというんです。はっきり説明するのが難しい、ただ家に影が差す、という言い方をしていましたね。商売が傾いたり、家族の誰かが病を得たり。それが必ずしも화주のせいだとは言い切れないんですが、人の心というのはそういうものじゃないですか。一度二度と重なれば、噂が立ち始める。
そうして十数年ほど前、最後に화주を引き受けた人の話があります。
雲林洞に長く住んでいた年配の方だったそうで、村で誰も名乗り出ないものだから、ご自分から志願されたといいます。祭祀の当日の夜明け前、ひとりで食べ物を整えて、木の前に立ったそうです。
その夜明けは、ひどく静かだったといいます。風もなく、虫の声もなく。その方が後になって家族に話したそうなんですが——礼をしようと頭を下げた瞬間、木の上の方から音がしたというんです。
何か重いものが、ゆっくりと、枝の上を歩くような音。
足音と呼ぶには遅すぎて、風の音と呼ぶには規則的すぎた、と。足が五本か六本はあるかのように、音がいくつも重なっていたという話も聞きました。ただ頭を上げて見上げたとき、何もいなかったそうです。
だから獣だろうと思って、祭祀を終えたといいます。
ところが家に戻って手を洗っていると、手の甲に何か粘ついたものが付いていたそうで。木の樹液のようでもあるが匂いが違う、腐ったような甘い臭いがしたと言っていたそうです。
洗っても、その日一日中、臭いが消えなかったと。
その方がその後どうなったかは、さあ。話してくれる人によって内容が違うので、私にもよくわかりません。ただ、それ以来화주を買って出る人が誰もいなくなったということは、みな口を揃えて言うんです。
今もあの木は、そこにあるそうです。五百年、ずっとそこにいたのですから。
でも今は、誰も訪れない。誰も頭を下げず、何も供えられない木。何百年もの間、受け取り続けてきたものを、ある日突然断ち切られたとしたら……
それが、おとなしくしているでしょうか。