皆さん、今日は光州の話をひとつしましょう。
確かなことは言えないんですが……光州の郊外のどこかに、今もゆっくりと朽ちていく建物があるそうです。かつて精神病院だったというその場所は、二十年ほど前に突然閉鎖されたとか。理由についてはいろんな噂があって、患者に何か酷いことをしていたとか、記録を改ざんしていたとか、そういった話です。正確なことは誰も知らないらしい。ただ、地元の住民たちの間では、もはや常識のように根付いていることがひとつあります。
夜は絶対に、あの近くに近づかないということ。
聞いた話なんですが。三十代の男性がいたそうです。廃墟探索というんでしょうか、使われなくなった建物を巡るのを趣味にしていた人で。その人が一人で、あの病院に入り込んだというんです。夜中の十二時を少し過ぎた頃に。
最初は何もなかったそうです。割れたガラス、ひっくり返った鉄製のベッド、壁から剥がれ落ちたタイルの破片。古い病院特有のあの匂い、わかりますよね。消毒液の匂いが、ごくかすかに、でも不思議なことにまだ漂っているような、あの匂い。その人はそれが最初に引っかかったと言っていたそうです。二十年も経った建物から、まだあの匂いがすると。
二階を歩き回っているうちに、廊下の突き当たりにある部屋へ入ったそうです。
部屋の中に、何かがあったといいます。何もないのが当然なのに、古びた木の椅子がひとつ、窓際にぽつんと置かれていたというんです。部屋全体に埃が厚く積もっているのに、その椅子の周りの床だけ……足跡のようなものがあったと。靴の跡ではなく、素足だったそうです。
その人が写真を撮ろうと携帯を取り出した瞬間、
ドアが閉まったといいます。
風もなく、何か音がしたわけでもなく、ただ静かに閉まったと。そしてそのとき、聞こえてきたというんです。
歌声を。
大きくはなかったそうです。とても低く、ゆっくりと。歌詞もわからず、メロディーも判然としないのに、でも声が……声がおかしかったというんです。言葉では表しにくいと、その人は言ったそうで。誰かが歌っているのに、同時に泣いているような声だと。喉を傷めた人のように、声が滑らかでなく、かすれながら割れて出てくるのが、かえって……
その人はドアを開けようとしたそうです。開かなかったと。
そのとき、窓の方から風が入ってきたといいます。窓は閉まっていたのに。
冷たい空気が首の後ろへ、耳のすぐ脇へと流れ込んできた瞬間、歌声がぴたりと止まって。
耳元に、何かが触れたといいます。
髪の毛のようなものが。肌をかすめる感触だったというのに、何もなかったそうです。何も。
そして歌が再び始まったといいます。今度は、もっと近くから。
その人、どうやって外に出たのか自分でもよくわからないと言っていたそうです。気がついたら建物の外にいたと。その日以来、その趣味をきっぱりやめて、あの病院の話は二度としないと言っているそうです。
確かめてはいません。どこにある建物なのかも、その人が実在するのかも。
でもね、皆さん。
光州に住んでいる人たちにこの話をすると、みんな少しの間、黙り込むそうです。そしてこう言うんだとか。
あの病院の話は、持ち出すものじゃないと。