昔のことでな、いや昔でもないか……ほんの数年前の話なんやけど、人から聞いた話やから確かなことは言えん。ただ、なんでか知らんけど、ふとした拍子に思い出してしまう、そういう話なんや。
仁川の月尾島、あの海辺のことや。夏になると若い連中がわんさか集まる場所でな。ある夏の夕方のことやったそうで、二十歳そこそこの娘さんが友達と遊んどって、防波堤のほうの岩の上で足を滑らせたんやて。あのへんの岩は苔むしてフジツボがびっしり張りついとるやろ、その上でずるっと滑って、膝をしたたか打ちつけてしもたんや。血も出て、ひりひりもしたんやけど、まあみんなそういうもんやろ、「大丈夫大丈夫、消毒すれば済む話や」って、そのままにしてしもたんやて。
ところがな。一週間経っても、二週間経っても、いっこうに治らんのや。傷そのものは塞がったそうなんやけど、膝の内側がずっとだるくて、歩くたびに何か音がするようになったんやて。カチッ、カチッ。階段を降りるたびに、カチカチカチ。最初はただの骨の音やろと思っとったんやけど、一か月ほど経ったころから、その音がだんだん大きくなってきたんや。カチッやなくてガラガラガラ、まるで何かが中でぶつかり合うみたいに。娘さんはそのころから本当に怖くなってきたんやて。じっと座って膝に耳を押し当ててみたら、中で何かが動く音が聞こえたって言うんや。小さくて硬いものが、関節の中で引っかかるような音が。
それで病院に行ったら、医者がレントゲンを撮ってしばらくの間、黙り込んでしもたんやて。ひとしきり間があってから、「最近、海水に傷口が浸かったことはありますか」って聞いてきたんやて。娘さんが月尾島の話をしたら、医者の顔が……そのまま固まってしもたんや。
膝の関節の中で、フジツボが育っとったんやて。小さくて硬い奴らが、関節の内側の肉に張りついて、根を張っとったんや。海水の中にいたフジツボの子ども、幼生とか言うんやろか、目にも見えんような奴らが傷口の隙間から入り込んで、体の中に居場所を作ったんやないかって。医者もそんな例は初めてやって言うたそうや、そういう噂やけど。
ただな、わしが一番ぞっとするのはそこやなくてな。
娘さんが手術を受けて、取り出したものを見たんやて。ごく小さくて白くて硬い欠片が、ちょうど岩に張りついたフジツボの形のまま、膝の内側の肉に食い込んどったって言うんや。どうしてそれが体の中で、あの形のまま育ったんやろって。
それからというもの、月尾島の海辺で怪我をすると、みんな薄気味悪がるようになったんやて。確かなことは分からんけど、あの岩のあたりには今でも毎年夏になると、フジツボが新しくびっしり生えてくるそうや。
岩が引き留めるのか、フジツボが追いかけてくるのか、それは誰にも分からん。