トンネルの怪談

入口では見えなかった存在と、後ろからついてくる音。トンネルを舞台にした怪談です。

テグ(대구)地下の無限回廊

大邱(テグ)

テグ(대구)に地下鉄が初めて開通したとき、人々はこの街がいよいよ近代化されつつあると思った。しかし年老いた者たちは、常こう警告していた。「テグ(대구)の地の下には、我々には理解できない何かが眠っている」と。 ある夜、テグ(대구)で遅くまで会議を終えた会社員のミンス(민수)は、1号線の最終列車に乗り込んだ。列車はいつものように動き出したが、何かがおかしかった。窓の外に広がる光景は、どこまでも続くトンネルだった。見慣れた駅名はひとつも現れない。彼は周囲の乗客に声をかけたが、彼らもまた、何かが狂っていると感じているようだった。 それでも列車は走り続け、止まる気配すらなかった。乗客たちは次第に追い詰められ、ついには誰かが叫び声を上げた。そのとき、車内放送が流れた。聞き取れない、耳慣れない言葉で何かをつぶやいている。その声は、もはや人間のものとは思えなかった。ミンス(민수)はそのとき悟った。この

雪の街に潜む影

Sapporo

……聞いた話なんですがね。 確かめたわけじゃありませんよ。ただ、去年の冬あたりから、札幌の地下鉄界隈でちらほら囁かれてる話でして。 由美さん、というお名前だったとか。二十代の後半で、中央区のほうに一人暮らしをしてたOLだと。まあ、どこにでもいるような、ごく普通の人だったそうです。 残業が続いていた時期だったらしくてね。十二月の話です。札幌の十二月って、もう本当に冷えますよね。息を吸うたびに肺の中まで凍るような、あの冷たさ。 その夜も仕事が長引いて、南北線の終電ひとつ前の電車に、ようやく乗り込んだそうです。 車内はほとんど誰もいなかったと。端のほうに酔っ払いが一人、ぐったりしてたくらいで。暖房の効いた車内が、かえって静かに感じられるほどだったと言いますね。 由美さんは窓際の席に座って、ぼんやりと外を見ていた。地下鉄ですから、窓の外はトンネルの壁で、暗いんですよ。だから窓ガラスが鏡

丹沢の神隠し

丹沢山地(特に山の神トンネル周辺)

ちょっと、聞いてもらえますかね。 丹沢の話です。神奈川の、あの山の話。 確かめたわけじゃないんですけど、まあ、こういうことを言う人がいるんですよ。山の奥のほうに、「山の神トンネル」って呼ばれてる場所があるらしくて。地元じゃ昔から、あそこだけはあんまり近づかないほうがいい、って言い伝えがあるんだそうです。 で、三年か四年ほど前の話、らしいんですけど。 ある男の人が、一人で丹沢に入ったんですね。ベテランの人で、もう何十回も同じ山域を歩いてる。装備も充分、天気も悪くない。十月の終わりで、日は短いけれど、昼前に入山して夕方には下りてくる予定だったと聞きます。 ところが、夕方になっても戻らない。 最初は、まあ少し長引いただけだろうと。そういう判断だったらしいんですよね。でも夜になっても音沙汰がない。翌朝、捜索が始まったんですけど、これがまた、何も出てこなかったそうなんです。荷物もない、足

池袋駅、消えたホームの誘い

池袋駅

さて、今夜は池袋の話をひとつ。 聞いた話なんですがね。確かめようがないんで、ほんとかどうかはわからない。ただ、こういう話が出回ってるっていうのは、まあ、お伝えできますよ。 去年の秋だったか、池袋で働いてる男の人の話です。名前は伏せますが、丸ノ内線を毎日使ってる、ごく普通の会社員だったそうで。 その夜は残業で、終電まで一時間もない時間帯だったといいます。ホームに降りて、ふと気づいたら財布をどこかで落としたらしくて。来た道を引き返しながら、地下のコンコースをぐるぐると歩き回った。池袋の地下ってのはご存知の通り、線路が何本も重なって、通路が縦横に走ってて、何年通っても「あれ、ここ来たことあったかな」ってなるような場所でしょう。その日も、財布を探しながら歩いてたら、どこかで曲がり方を間違えたんでしょうね。気づいたら、見たことのない通路に入ってたっていうんです。 薄暗い、コンクリートの壁に挟

南山2号トンネルで消えた影

ナムサン(남산)2号トンネル

あ、これ……話していいのかな。本当に自分が聞いた話なんだけど、実際に体験した人から直接聞いたやつだから。今でもその人の声が耳に残ってる。話してる途中で、ふと黙ったんだよね。何も言わずにしばらくそのままで、手をこう、膝の上でぎゅっと握りしめて。 その人が言うには、去年の冬のことだったって。夜中の二時を過ぎた頃、南山2号トンネルをひとりで車を運転して通り抜けようとしてたんだって。はっきりはしないけど、その夜はやけに車が少なかったって言ってた。トンネルに入れば普通、前後に何台かは見えるじゃない。でもその夜は本当に、自分の車だけが走ってたんだって。トンネルの照明が黄色く広がって、タイヤの音だけが響いて。その音がいつもと違ったって。トンネルの中があまりにも静かだから、自分の車の音が壁に当たって返ってくるのが感じられるくらいだったって。 そうしていたら、トンネルのちょうど真ん中あたりで。右側の壁の

マルゴゲ(말고개)トンネルの白い喪服の女

チュンチョン(춘천)マルコゲ(말고개)トンネル(国道5号線)

むかしむかし……いや、むかしでもないか、わりと最近の話なんだけど、人から聞いた話でね——確かなことは言えないんだけど、春川(춘천)のほうにあるマルゴゲ(말고개)トンネル、知ってるでしょ。5号国道を走っていくと出てくるあのトンネル。そこで妙なことがあったって言うんだよ。 三、四年前になるかな。晩秋のことだったって。ソウルから春川(춘천)へひとりで下ってきた若い男がいてね、名前は知らない。ただ、知り合いの知り合いの知り合いって聞いた。それでその男が夜の十一時ごろだったか、雨がしとしと降って濃い霧が立ちこめた夜に、そのトンネルへ入っていったっていうんだよ。 トンネルに入ったらわかるでしょ。いきなり蛍光灯の黄ばんだ光がずらっと並んで、外の雨音がぴたりと途絶えて、タイヤの音だけがぶんぶん響くやつ。その男もそうだったって。窓の外の雨音がふっと消えて、タイヤの音だけが壁から跳ね返ってくるなかに——な

青函トンネルの止まった時間

青函トンネル

……少し、聞いていただけますか。 確かなことは申せません。ただ、こういう話が伝わっているということを、そのままお伝えするだけです。 青函トンネルのことです。青森と北海道を繋ぐ、あの長い長い海底の道のことです。 聞いた話では、深夜のメンテナンス作業に入った者が、時折おかしなものを経験するのだとか。作業員たちの間で、ひそひそと語り継がれているそうでございます。 ある年の冬のこと、だそうです。詳しい日付は分かりませんが、確か十一月か十二月の深夜だったとか。担当の作業員が、ひとりでトンネルの中ほどの区画を点検していたと聞きます。名前は伏せますが、ベテランの方で、そういった作業には慣れていた方だったそうです。 トンネルの中というのは、普段から独特の空気があるそうでして。地上とは違う、じっとりとした重い湿気と、どこからともなく漂う鉄と海水の混ざったような匂いが常にあるのだと。それはいつものこ

三坂峠のヒッチハイクする女

三坂峠(幽霊トンネル)

……少し、聞いていただけますか。 確かなことは申せません。ただ、このあたりに長く仕える身として、耳に入ってくる話というものがございます。語り継がれているうちに、尾ひれがついているやもしれぬ。それでも、あまりにも似たような話を、別々の方から聞くと……やはり、何かあるのだろうかと、思わずにはいられないのです。 三坂峠のことです。 愛媛の松山と、久万高原を結ぶあの峠道に、小さなトンネルがございます。地元では昔から「幽霊トンネル」と呼ばれていると聞きます。正式な名はあるのでしょうが、誰もそちらの名では呼ばない、と。そういう場所というのは、たいてい、理由があるものでして。 昔、あの峠道は走り屋たちが集まる場所だったそうです。夜な夜な、エンジンの音を響かせて、急カーブの多い峠を競うように走っていた、と聞きます。ですから事故も多かった。ガードレールを突き破って、崖の下へ落ちたものも、一人や二人で

首なしライダーの旧トンネル

旧由良トンネル

ねえ、聞いてくれる? 和歌山の話なんだけど……確実なことは言えないんだけど、でも、これ、一度聞いたら忘れられなくて。 由良町と日高町の境目、山と山の間に挟まれるようにして、古いトンネルがあるんだって。旧由良トンネル。今はすぐそばに新しい国道が通ってるから、そっちに車が全部流れちゃって、あのトンネルに用がある人なんて、もう、ほとんどいないらしい。だから夜になると本当に誰も通らない。街灯もろくにないって聞いてる。ただ、真っ暗な口が山の中に開いてるだけの、そういう場所。 そこで見たって人が、何人もいるんだって。 ライダーの話なんだけどね。 ある男の人が、夜中にあのトンネルを車で通り抜けようとしたらしくて。確か二、三年前の話だって聞いてる。詳しい人のことは分からないんだけど、地元の人だったって。トンネルに入る少し手前で、後ろからバイクの音がしてきたんだそう。低くて重いエンジン音。ぶわん、

小坪トンネルの白い影

小坪トンネル

ねえ、聞いたことある? 小坪トンネルの話。 鎌倉と逗子の境目あたりに、ひっそりとある古いトンネルなんだけど……知ってる人は知ってるよね。テレビの心霊番組にも取り上げられたことがあるって聞くから。 でもね、テレビで見た話と、実際に現地で聞いた話って、ちょっと違うのよ。今日話すのは、テレビじゃなくて、ある人から直接聞いた話。その人が体験したことだって言うんだけど……まあ、本当かどうかは、わからないんだけどね。 その人……仮にKさんとしておくね。Kさんは、去年の秋、夜中の一時過ぎに一人で車でそのトンネルを通ったんだって。特別な目的があったわけじゃなくて、ただ帰り道の途中で通り抜けただけ。昼間に何度も通ったことがある道だから、全然気にしてなかったって。 トンネルに入ると、車のヘッドライトが壁を照らして、その光の輪の中だけが明るくて、あとはただの暗闇。そういうトンネルって、どこでもそうだよね

旧関山トンネルの招かれざる客

旧関山トンネル

ねえ、聞いてくれる? 旧関山トンネルの話なんだけど……確実かどうかは分からないけど、何人もの人から似たような話を聞くから、今夜、そっとあなたに伝えておこうと思って。 仙台の山奥、関山峠を越えたあたりにある古いトンネルなんだって。今はもう使われていない、廃トンネル。夜になると完全に真っ暗で、街の灯りもほとんど届かないような場所らしいんだけど……そこにね、何年か前、大学生の四人組が車で行ったんだって。 肝試しのつもりで、夜中の一時を過ぎたころに出発したらしい。山道を登るにつれて、外の気温がじわじわ下がっていったって。真夏だったのに、窓を閉めていても車内がひんやりしてきたって言うの。それで変だな、とは思ったらしいんだけど……まあ、山だから、ってみんなで笑って、そのまま進んだ。 で、トンネルの入り口まであと、五十メートルくらいのところで車を停めたんだって。ヘッドライトに古びたコンクリートの

旧伊勢神トンネルの囁き

旧伊勢神トンネル

これはですね、愛知の方から聞いた話なんですが。 豊田市に、旧伊勢神トンネルというのがあるそうでして。今は使われていない古いトンネルで、山の中に、ぽつんと口を開けているんだそうです。地元の人間はみんな知っているらしい。知っているから、夜は近づかないと。 ある年の秋のことだと聞いています。二十代の男性が、まあ、肝試しというやつで、夜中の一時ごろに一人で車を走らせた。友人に半ば煽られて、というか、負けず嫌いな性分だったみたいで、一人で行ってやると言い張ったらしいんですね。 トンネルの手前に着いたとき、まず気になったのは臭いだったそうです。山の夜の空気というのは冷えて澄んでいるものですけれど、そこだけ違った。濡れた土と、何か古い木が腐ったような、じっとりとした臭いが鼻の奥に張りついてきた。それでも彼はギアを入れて、ゆっくりとトンネルの中へ進んでいった。 中はヘッドライトの光だけが頼りで、壁

花山トンネルの白い影

旧東山トンネル(花山トンネル)

ねえ、聞いてる? 京都にね、花山トンネルって呼ばれてるところがあるんだけど、昔は旧東山トンネルって名前だったらしくて。今でも地元の人たちはそっちの名前で呼ぶことが多いって聞いたな。 これはね、知り合いの知り合いから流れてきた話なんだけど……確かめられたわけじゃないから、そのつもりで聞いてほしいんだけど。 そのトンネルの、すぐそばに火葬場があるんだって。昔から。だからまあ、色々と染みついてるものがあるのかもしれないね、あの場所には。 で、ある男の人の話。名前も素性もはっきりしないんだけど、去年の秋ごろ、仕事帰りに深夜、あのトンネルを車で通ったらしいの。時間帯は深夜の一時をちょっと回ったくらい。雨が降ってたって。しとしとじゃなくて、フロントガラスに叩きつけるような、重い雨。 ワイパーを動かしながらトンネルに入ったとたん、雨音がふっと消えたんだって。当然そうなるよね、トンネルの中だから

善波トンネルの準一

旧善波トンネル

ねえ、聞いてくれる? 神奈川にある、旧善波トンネルの話なんだけど……これ、知り合いの知り合いから流れてきた話で、どこまで本当かはわからないの。でも、聞いちゃったら最後、なんか忘れられなくて。 そのトンネル、今は使われてないんだって。山を抜ける古い旧道の途中に、ぽっかり口を開けてるらしくて。昼間でも暗くて、夏でもひんやりしてるって聞いた。コンクリートの壁に染みがついてて、ところどころ苔が黒く浮き出てて……まあ、それだけ聞いてもすでに行きたくない感じでしょ。 で、もう四十年以上前になるらしいんだけど、そこでバイクの事故があったんだって。亡くなったのは若い男の子で、名前はわからない。ただ「ある男の子」って、その地元の人たちはそう呼んでるらしいの。なんで名前を呼ばないのかっていうのも、ちょっと気になるよね。呼んだら来ちゃうから、って話もあるみたいで……。 で、ね。昔、そのトンネルの入り口に

千駄ヶ谷トンネルの逆さまの女

千駄ヶ谷トンネル

これはですね、知人から聞いた話でして、確かめようがないんですが、まあ、そういう話として聞いてください。 千駄ヶ谷のトンネル、ご存知ですか。渋谷区にある、わりと短い、ごく普通のトンネルなんですけど。車で通ると一分もかからない、そんな距離なんです。昼間に通れば何でもない。ただの暗いコンクリートの筒で、出口の光が見えて、それで終わり。でも、あそこにはずいぶん昔から、変な話が絶えないんだそうで。 トンネルの真上に、お寺があるらしいんですね。で、そのお寺の墓地の真下を掘り抜いて造ったと、そう言われているそうで。本当かどうかは、わからないんですが。まあ、それが本当なら、確かになんとなく、納得してしまうような話が続いているんです。 知人の友人、というか、そのまた知り合いの男性なんですが、仮にKさんとしておきますね。Kさんは都内に住んでいて、仕事帰りに車でそのトンネルを通ることが多かったらしい。深夜