皆さん、今日は全州(전주)のハノクマウル(한옥마을)についてお話ししようと思います。
昼間に訪れると、本当に美しい場所です。瓦屋根の軒先には観光客が溢れ、どこからともなく甘い香りが漂っている。でも、その路地の奥、人の足がほとんど届かないところへと踏み込んでいくと……サエッコル(샛골)と呼ばれる、ひどく細い通路があるそうなんです。私自身が行ったわけではなく、そこで生まれ育ったという方から聞いた話なんですが。
そのサエッコル(샛골)は、昼間でも影が差しているそうです。両側に古い土塀が肩幅ほどの間隔で立ち並んでいて、真昼でも陽がほとんど入らないと言うんです。塀に張り付いた苔は、古いところはほとんど黒ずんでいると。そしてその土塀から漂う匂いが、何というか……雨に濡れた土の匂いなんだけれど、もっと重くて湿っぽい、そういう匂いがするそうなんです。
その路地にまつわる話があって、百年以上も前のことだと言います。はっきりはしないけれど、日本統治の時代の頃、その路地の突き当たりの家に住んでいた女がいたそうです。誰かを待っていたのに、去った人は戻らなかった。戦争なのか、他の事情なのか、誰も知らない。女がどれほど待ち続けたのか、どのように死んだのかも、確かなことは何も伝わっていない。ただ……ある日、消えたと言われているそうです。
それ以来、その路地で奇妙なものを見たという人が、ぽつりぽつりと現れるようになったと言います。そして今もそれが続いているというのが、問題なんです。
数年前、その界隈に住んでいた大学生がいたそうです。晩秋のことだったと言うんですが、下宿に帰る途中、サエッコル(샛골)を近道に選んだんです。夜の十一時を過ぎた頃のことで。その細い路地に街灯が一本あって、それがちかちかと瞬いていたそうです。点いては消え、消えては点くその街灯の下へ踏み込んだとき、路地の奥から何か匂いがしたと言うんです。花の香り、でも妙に甘くてかびくさい、古びた花の香り。冬の直前の路地で花の匂いがするはずなど、ないのに。
そのとき、足音が聞こえたそうです。自分の足音ではない。軽く、ゆっくりと、何かが地面をそっと踏みしめるような音。なのに、周りには誰もいない。
その学生が立ち止まって辺りを見渡すと、路地の奥のほう、街灯の光が届かない影の境界線のすぐ手前に、白いものが立っていたそうです。人の形。韓服のようにも見えた。でもそれはただ立っているのではなく、顔を上げて路地の入口のほう、つまりまさにその学生のほうを、じっと見ていたと言うんです。
その学生がそのとき感じたのは、恐怖よりも先に、悲しみだったそうです。本人もそちらのほうが不思議だったと言っていたそうで。鳥肌が立つのに、涙が出そうな。あの形をしたものが何かを待っているということが、ただ、わかったと。
その学生は、踵を返して走ったそうです。そしてたった一つのことだけが記憶に残っていると言いました。
後ろから足音がしなかったと。追いかけてくる音がなかったと。でも、それがいちばん怖かったと言うんです。
追ってこなかったのではなく、最初からその学生には、何の関心もなかったのだから。
あの女が待ち続けているのは、別の誰かなのだから。