怪異図鑑
名前を知っても、恐怖は消えない。噂に棲む存在と場所を辿ります。
大気光学現象
たいきこうがくげんしょう
空は嘘をつく——光が曲がるたびに、世界の輪郭が少しずつ狂っていく。
影島大橋(영도대교)
영도대교 / 影島大橋
橋が天へと跳ね上がるその瞬間、離散の涙が海の上に落ちたという。
鵺
ぬえ
その声を聞いた者は、翌朝から原因不明の病に伏したという。
ツチノコ(槌の子)
つちのこ
転がる音がしたら、決して坂の下を見てはならない。
蜃気楼
しんきろう
龍が吐いた息の中に、存在しない都市が立ち並ぶ。
諏訪湖の御神渡り
すわこのおみわたり
大地の裂け目に満ちた水が凍るとき、神は音を立てて歩く。
怪談小説
読み物として味わう創作怪談。
見る大久野島
おおくのしま
兎たちが走り回る土の下に、かつて毒が眠っていた。
八丈島――流人の果て、霧の底
はちじょうじま
本土から287キロ、黒潮の向こうに浮かぶこの島には、帰れなかった者たちの声がまだ満ちている。
雄別炭鉱廃墟
ゆうべつたんこうはいきょ
携帯も繋がらぬ国有林の奥、かつて数千人が息づいた町は、今や沈黙だけを産出し続けている。
十和田湖の深淵に潜むもの
とわだこのしんえんにひそむもの
水深三百二十六メートルの闇は、いまだ底を見せない。
芦ノ湖の九頭龍
あしのこのくずりゅう
湖面が凪いだ夜、水底から何かが――ではなく、何かが還ってくる、とされる。
イッシー
いっしー
神の御池と呼ばれた深淵に、6400年前の火砕流が眠っている——そしてそれだけではないと、目撃者たちは語る。
クッシー(屈斜路湖の怪獣)
くっしー(くっしゃろこのかいじゅう)
湖底は今も、何かが動いている。
千貫森
せんがんもり
完全な円錐を描くその稜線は、古来より旅人の目を引き——そして今なお、夜空に説明のつかない光が滑る。
介良事件
けらじけん
少年たちの掌に収まったその銀色の物体は、何度消えても、また戻ってきたとされる。
甲府事件
こうふじけん
ブドウ畑の闇に降り立ったものは、七年後もまだそこにいたという。
海割(ヘハル)――海が裂ける場所
해할
水が退いたその道に、足跡がすでに刻まれていたという。
トッケビ道路(도깨비도로)
도깨비도로 / Dokkaebi Road
車は確かに下り坂を向いているのに、エンジンを切ると、ゆっくりと丘の上へ登っていく。
マラド(馬羅島)
마라도
大韓民国の果てからさらに南へ下れば、地図に載らぬものたちが待ち受けている。
水原華城夜話 — 城壁の下に眠る声たち
수원 화성 / Suwon Hwaseong
昼はユネスコが守る世界遺産、夜は城壁の隙間から何かが息をひそめているという。
ナミソム(남이섬)――ナミ将軍の島
나미섬 / Nami-seom
ダムが川の水を飲み込んだ日、ひとつの丘が島となり、その頂には無実の罪で斃れた将軍の石塚だけが残された。
徳寿宮(덕수궁 / 德壽宮)
덕수궁
帝国が終わった場所で火は二度起き、名は三度変わった――それでも何かが、いまだあの庭を去らないと伝えられる。
昌慶宮(창경궁)
창경궁
花見客が去ったあとの静寂に、米びつの中から漏れる嗚咽だけが残ったという。
景福宮(경복궁)
경복궁
王朝の大いなる福を祈って建てられたこの宮殿は、その名が示すほどの深い闇を内に宿しているという。
済州 金寧窟と万丈窟(제주 김녕굴과 만장굴)
濟州 金寧窟과 萬丈窟
かつてひとつであった地下の血脈が二つに裂かれた――何がその間を塞いだのかは、いまも土の中に眠っている。
正東津(정동진)
정동진
最初に陽が触れる場所で、あるものたちはついに戻らないと言われている。
ウポ湿地(우포늪)
우포늪
一億四千万年の沈黙の中で、水面はいつも静かすぎる。
志鬼(지귀)
지귀
愛が冷めなかったから、彼はいまも燃えている。
餓鬼(아귀)
아귀 / ガキ
腹は山のごとく膨れ、喉は針一本がやっと通るほど細い――それが貪欲の代償である。
業神(업)
업신 / eopsin
あの家の蔵がいつも満ちていた理由を、誰も大黒柱の上を見上げなかったからだ。
モンダルグィシン(몽달귀신)
婚礼の前夜、花婿の夢の中に見知らぬ若者が座って微笑んでいた。
グスンデ(그슨대)
geuseundae
見上げるほどに伸びてゆく――その頂を見た者は、二度と戻らなかった。
オドゥクシニ(어둑시니)
Eodugsini
見上げた瞬間、それはすでに空よりも大きくなっている。
プルガサリ(불가사리)
bul-ga-sa-ri
殺すことのできぬものが腹を空かせてあなたの扉の前に立つとき、それが残すのは錆びた虚ろだけだ。
八岐大蛇
やまたのおろち
八つの首は八つの飢えであり、その尾の奥には、まだ名を持たぬ何かが眠っている。
玉藻前/殺生石
たまものまえ/せっしょうせき
その微笑みの奥に、三千年の嘘が眠っている。
崇徳院の怨霊
すとくいんのおんりょう
讃岐の地で爪を噛み切り、血で呪詛を綴った男の念は、九百年を経てなお冷めていない。
酒呑童子
しゅてんどうじ
首を刎ねられてなお、その頭は噛みついた——鬼の王は、死してもなお渇いていた。
大同クッのトダンシン(대동굿의 도당신)
대동굿 / 大同굿
村の神が人の体を借りて降りてくるとき、その眼差しはもはや隣人のものではなかった。
ハフェタル(하회탈)
하회탈
탈を盗んだ者は必ず血を吐いたと伝えられている。
方相氏の仮面(방상시 탈)
방상시 탈
四つの目は穿たれていない——それでも、あれは見ている。
処容(처용)の仮面
처용 / チョヨン
疫神さえも退けたその顔が、今もなお扉の上からあなたを見下ろしている。
仁王山国師堂(인왕산 국사당)
인왕산 국사당
山の神も巫女も知っている――この社はかつて根こそぎ引き抜かれたが、神々は根ごと付いてきた。
アミドン碑石村(아미동 비석마을)
아미동 비석마을
生者の家の壁の中に、死者の名が刻まれている。
八公山(팔공산)
팔공산
八つの魂が山を守ると言われているが、彼らが守っているのが山なのか、山に閉じ込められた何かなのかを、誰も問おうとしない。
馬耳山(마이산)
마이산
馬の耳に似た二つの峰の間で、名が変わるたびに、山が宿すものも変わってきたという。
鶏龍山(계룡산)
계룡산
鶏のとさかを戴いた龍が宿る山では、山のほうが先に人を識るという。
竈王神(조왕신)
조왕신 / ジョワンシン
夜明けに竈の上の水椀が空になっていたなら、彼女はすでにあなたの家の話を天へと送り届けた後だ。
人面鳥(인면조)
인면조 / じんめんちょう
羽ばたきの音より先に――見覚えのある顔が、空を覆う。
ヨンドゥンハルマン(영등할망)
Yeongdeung Halmang
旧暦二月の朔日、風が泣きはじめたなら――彼女が降りてくる合図だ。
ソルムンデハルマン(설문대할망)
Seolmundae Halmang
漢拏山(ハルラサン)は彼女の枕であり、済州(チェジュ)の海は彼女の膝さえ濡らすことができなかった。
相思蛇(サンサベム)
상사뱀
想いを遂げられなかった者は、死してなおその名を手放せない。
三神ハルミ(삼신할미)
삼신할미 / 三神할미
子が生まれる瞬間、奥の間のもっとも温かな場所には、すでに誰かが先に座っている。
ヤグァンギ(夜光鬼)
야광귀 / 앙괭이
大晦日の夜、戸口に置いた履物が消えていたなら――もう手遅れだ。
狐の妹(여우 누이)
여우 누이 / ヨウ・ヌイ
父は娘を授かるために祈った。そして、何かがその祈りに応えた。
トゥオクシニ(두억시니)
두억시니 (Du-eok-si-ni)
その名を口にした瞬間、闇のどこかで何かが頭をもたげる。
チョスンサジャ(저승사자)
jeoseungsaja / jeoseungchasa
赤牌旨に汝の名が記されているなら、三度呼ばれる前に耳を塞いでも、もはや手遅れだ。
智異山(지리산)
지리산
愚かな者が踏み入れば賢くなると言い伝えられてきた。だが、戻らなかった者たちは、今も何も語らない。
谷城郡(곡성군)
곡성군
慟哭の声に由来する地では、今も理由もなく涙がこぼれると言われている。
銅鏡(どうきょう)——顔を記憶する鏡
동경 / ドウキョウ
青銅は錆びても、一度その中に宿った顔は錆びない。
口裂け女(くちさけおんな)
くちさけおんな / 빨간 마스크
彼女はいつも先に問いかける。どう答えようとも、結末は変わらない。
強鐵(カンチョル)
강철이
豊作を祈る畦道に焦げるような臭いが漂いはじめると、村の長老たちは口を閉ざし、ただ空を見上げた。
イムギ(이무기・螭龍)
이무기 / I-mu-gi
千年を待ち続けたものが龍になれなかったとき、その怨念は川底よりも深い。
将門塚
しょうもんづか
首は京より飛んで帰った――その着地点は、いまも東京の心臓部に息づいている。
コックリさん(狐狗狸さん)
こっくりさん
硬貨はひとりでに滑る――呼んだのは霊か、それとも呼んだ者自身の深部か。
丑の刻参り
うしのこくまいり
御神木に五寸釘が刺さっているのを見つけても、決して引き抜いてはならない――それはまだ、七夜の途中かもしれないから。
藁人形
わらにんぎょう
それは人の形をしているが、人ではない——ただ、憎しみの器として束ねられた草の骸だ。
八王子城跡
はちおうじじょうあと
城山川の水は今も赤く見える、と古老は口を閉ざす。
赤い部屋
あかいへや
告白は終わった——だが、あの部屋はまだ誰かを待っている。
メリーさんの電話
メリーさんのでんわ
電話口の声は、もうあなたの背後で息をしている。
ひとりかくれんぼ
ひとりかくれんぼ
午前三時、浴槽の水面に浮かぶぬいぐるみは、もうお前の名を知っている。
きさらぎ駅
きさらぎえき
電車は止まらなかった――そして、知らない駅に着いた。
犬神
いぬがみ
飢えた犬の怨念は、飼い主の代を超えて家に宿る。
百々目鬼
どどめき
腕に貼りついた銭が、やがて瞬きをはじめた。
垢嘗
あかなめ
風呂場を磨き忘れた夜、濡れた石畳に細長い舌の跡が残っていたという。
飛縁魔
ひのえんま
菩薩の顔をして、男の命を静かに燃やし尽くす。
濡女
ぬれおんな
海辺で赤子を差し出す女の声と、牛鬼の声は、ひとつだった。
船幽霊
ふなゆうれい
柄杓を差し出す手は、底が抜けていなければ、あなたの船を満たす。
一反木綿
いったんもめん
夕暮れの空を、白い布がひらりと舞う——気づいたときには、もう首に巻きついている。
ぬらりひょん(滑瓢)
ぬらりひょん
名前だけが先に来る——姿は、いつも指の間からすり抜けていく。
