あ、これ話していいのかな……本当に私が直接聞いた話なんだけど。知り合いのお姉さんの話で、そのお姉さんも「確かじゃない」って言ってた。でも聞いてから何日も眠れなかったんだよね。
そのお姉さんの友達に、写真を撮るのが好きな子がいたんだって。名前はYにしておこう。Yが数年前、昌慶宮の夜間特別観覧、あるじゃない。あれに一人で行ったんだって。一人で。人はそこそこいるんだけど、写真撮ってると気づいたら遅れちゃうじゃない。その日もそうなったって。一緒に来た人もいないから。
通明殿のあたりに入ったのが、九時を過ぎた頃だったって。春だったのに、そこだけ空気が違ったって。じめじめして冷たくて、土の匂いがするんだけど、何か……かび臭いものも混じってたって。古い布みたいな匂い?そのお姉さんが言うには、「雨が降ったわけでもないのに、なんであの匂いがしたんだろう」って。でもYは写真を撮るのに夢中で、あまり気にしなかったんだって。
通明殿の縁側にカメラを向けたとき、ファインダー越しに見たら、建物の左側の柱のそばに白いものが立っていたって。最初は他の観覧客だと思ったって。でもおかしいのが、人たちはみんな遠くからこっちに向かって来てるのに、それだけ動かないんだよ。柱のそばにぴったりくっついて。Yがカメラを下ろして目で見たら、いない。何もいない。またカメラを向けたら、いる。
三回やったって。三回とも。
光の反射だろうと流そうとしたとき、後ろから音がしたって。足音なんだけど、靴の音じゃない。素足で石畳を歩くような音。タッ、タッ、タッ。リズムがある。ゆっくり。Yが振り返ったら誰もいないんだよ。観覧客はみんな前の方にいて。それでも音がするんだよ。タッ、タッ、タッ。近づいてきてる。
Yはもう走ったって。写真も何もかも捨てて、人のいる方へ向かって走ったって。そしたら足がもつれて転んで、起き上がろうと手をついた瞬間、手首を何かが掴んだって。冷たくて、指が細くて、でも力がものすごく強かったって。ほんの一瞬で、叫んだらすぐ離したんだけど。
後でその日の写真を整理してたら、Yがファインダーで見ながら撮った写真があるじゃない。そこに、白いものが写ってたって。柱のそばに。でも立ってたんじゃなかったって。座ってたって。膝をついて。頭を垂れて。そして手が、こちらに向かって伸びていたって。
写真は消したって。でも消したって消えるわけじゃないじゃない、もう見てしまったんだから。
あの通明殿がもともと王室の女たちが暮らしていた場所で、そこで死んでいった女が一人や二人じゃないってことは、みんな知ってるじゃない。あの手が、誰の手だったのか。そして何を掴もうとして伸ばしていたのか。
Yは今でも昌慶宮の話が出ると、口を閉ざすんだって。