昔のことでな……いや、昔でもないか、五年ほど前やったかな、六年やったかな。そない遠い話でもないんやけど、南浦洞の古着市場のあたりから流れてきた話やって聞いたんよ。確かなことは言えんけど、知り合いの知り合いから聞いた話やから。
あの市場、知っとるやろ?狭い路地に服がぎっしり吊るされて、蛍光灯は半分くたびれてチカチカして、服の山から漂うあのかび臭い匂い……古い布の匂いと、長い年月染みついた人の匂いが混ざり合ったやつ。そこへ中学生がひとり、放課後に入っていったんやって。友達はみんな先に帰ってしもて、ひとりであれこれ漁りながら。
そしたら、いちばん奥の隅っこで服を一枚見つけたんやと。紺なのか黒なのか、光の加減で変わって見えるブラウスやったって。襟元にごく細かく、人の手で刺繍したような花模様があって、今どきの服やないのは一目でわかったそうな。けど不思議と手が伸びてしまうんやって。引き寄せられるように。店のおばあさんに値段を聞いたら、百円でええよって言うたんやと。百円。それを聞いてそのまま買ったんやって。
家に帰って着てみたら、体にすっと馴染むんやと。まるで自分の寸法に合わせて作られたみたいに。嬉しくなって、鏡の前にしばらく立っとったって。
ところが、その夜からや。
金縛りにあったんやって。ただの金縛りやなくて、目も開けられんのに、部屋の中に誰かが立っとるのがわかるんやと。足音もなく息遣いもないのに、空気が変わるって。冷たくなるって。布団の上に何かが乗ってくる重みを感じて、そのうち夢か現かわからんその狭間に、女の顔が見えてきたって。年の頃が見当もつかん顔。笑いもせず怒りもせず、ただ何かを見つめる目で立っとったって。
その女が何を言うたかっていうと……返してくれって言うたんやって。服を。それだけをずっと。
怖くなって服をハンガーにかけたまま眠ろうとしたんやけど、夜中に何かがこすれる音で目が覚めたら、服が揺れとったんやって。窓も閉まっとるし扇風機も止まっとるのに。ゆっくりと、まるで誰かが着ているように、前後に揺れとったって。
とうとう堪えきれんくなって、服を黒いビニール袋に入れて、遠くのゴミ箱に捨てたんやって。マンションの敷地の外まで、えらい歩いて。
ところが翌朝、玄関のドアを開けたら。
袋がドアの前に置いてあったんやって。結んだ結び目そのままで。何ひとつ解けとらんで。
その袋をどうしたかは誰も知らんって。あの子はその後、その話をほとんどしなくなったって聞いたんよ。けど一度だけ、仲のええ友達にだけこんなことを言うたんやって。
あの服、最初に触れた瞬間から、手が温かかったって。古着やのに、誰かが今しがた脱いだばかりみたいに。