ええ、これはですね、福岡の話です。
聞いた話なんで、どこまで本当かはわかりませんが……天神の、地下街での話だと言います。
場所はご存知ですよね。天神地下街。博多の中心部、地上はネオンと人と喧騒で、まあ夜の十時でも十一時でも人が絶えない。その地下に、長い通路が続いている。ショーウィンドウが並んで、タイル張りの床に、いつも足音がこだまして。
ある晩のことだと聞きました。秋口の、雨の夜。
仕事帰りの男性がいたんだそうです。三十前後のサラリーマンで、残業で遅くなって、地上から地下街に降りた。雨宿りのつもりだったか、単に近道だったか、それは聞いた人も知らないと言っていました。
その日の地下街は、いつもより妙に静かだったと言います。時間が遅かったせいもあるかもしれない。でも、ただの閉店後の静けさとは、何かが違った。足音が響かない。自分の靴音が、タイルに吸い込まれるみたいに、くぐもって聞こえる。
男はそれでも気にせず、いつも通り歩いていたんだそうです。
通路の途中に、大きなウィンドウがあるでしょう。ガラス張りの、ショーウィンドウ。そこを通り過ぎようとしたとき、ふと自分の顔が映ったんだと。
……何かが、おかしかった。
最初は、ガラスの映り方のせいかと思ったらしい。でも、立ち止まって見ても、同じだった。自分の頬のあたりが、ゆっくりと、盛り上がっているんです。皮膚の下から何かが押し上げているみたいに、額が、顎のあたりが、ぼこっ、ぼこっと、波打っている。
男はとっさに手で顔を触ったんだそうです。
そのとき、指に伝わってきた感触が……温かいんです。体温があるのは当然ですが、その温かさじゃない。皮膚の内側に、何か別の体温があって、それが動いている。まるで薄い膜一枚隔てて、小さいものがたくさん、這い回っているような。
男は声を上げたと言います。「助けてくれ」と、叫んだと。
でも、通路に人がいないわけじゃない。遠くに、人影が見えたそうです。二人、三人。でも誰一人として、振り向かなかった。男の叫び声が届いていないかのように、ただ歩いていく。
男は走り出して、地上に出た。
雨はまだ降っていた。ネオンが滲んで、濡れた歩道に反射している。人通りはある。ちゃんと人がいる。でも、誰も彼を見ない。ぶつかりそうになっても、視線が合わない。まるで自分だけが、少しずれた場所に立っているみたいだと、男は後から話したと聞きました。
ええ、後から話した、ということは……男は翌朝、職場の近くで発見されたそうです。雨に打たれたまま、道端にうずくまっていた。記憶が、地下街を出たあたりから、まったくないと言っていたそうです。
ただ、一点だけ。
発見されたとき、男の両手が……手袋をしていたと言うんです。男は手袋など持っていなかった。誰のものかもわからない、古い白い手袋。それが、両手にぴったりと、はめられていた。
外そうとしたら、皮膚ごと剥けそうな気がして、怖くて外せなかったと、そう言っていたそうです。
結局その手袋が、どうなったかは……聞いた人も、知らないと言っていました。