これは……確かなことは申せませぬ。ただ、耳に入ったことを、そのままお伝えするだけにございます。
名古屋の東山動植物園に、一般の方が今は入れぬ道がございます。園の駐車場へと続く、くねくねと曲がりくねった細い舗装路でございます。今は鎖と立て札で塞がれておりますが、かつては普通の乗用車も通れたのだと、そう聞いております。
その道が若い者たちに使われていた時期があったそうで。カーブの連なる地形を利用して、夜な夜な車を走らせておったとか。深夜の木立の向こうから、エンジンの唸りと砂利を弾く音が漏れてきたと、近くに住む方が語っておりました。笑い声も混じっていたと。夏の盛りの夜には、排気の熱と草いきれが入り混じって、妙にねっとりとした空気が漂っていたそうで。
ただ、死んだのだそうです。
何度か。
カーブを曲がり切れなかったのか、あるいは別の何かがあったのか、そこまでは存じません。ただ、若い者があの道で命を落とした、それだけはどこで聞いても変わらない部分でございます。
封鎖されたのはそれからしばらくして後のことだと言います。
私が直接話を聞いたのは、もう十年ほど前のことになりましょうか。当時、この社の氏子に名を連ねておられた男性からでございました。当時二十代の頃に、友人と連れ立ってあの駐車場へ行ったことがある、と。封鎖される少し前の夏の夜だったと言います。
虫の声がしなかった、と最初に言いました。
八月の終わりに虫の声がしないというのは、おかしなことだと私も思いました。その方も、車を止めた瞬間に妙だと感じたそうです。エンジンを切ると、あたりが水の底のようにしんと静まり返った。アスファルトの照り返しの熱だけが、じっとりと残っていたと。
助手席の窓を、ふと見たときのことを、その方はゆっくりと話してくださいました。
窓ガラスに、顔が映っていた、と。
最初は自分の顔が反射しているのだと思ったそうです。暗い夜に、暗い車内に座っているのだから、そう思うのは自然なことでございます。
でも、違った。
その顔は、ゆっくりと、こちらを向いていた。
車内から外を見ているのではなく、外から中を覗き込んでいる顔だった、と。鼻が、ガラスに触れるほど近かったと言います。そして口が、少し開いていた。何かを言いかけているような、あるいはもうずっと前に言葉を失ってしまったような、そういう開き方だったと。唇の端に、細い影が一本、縦に走っていたと、その方は言いました。笑っているのとも、泣いているのとも、違う。ただ、開いていた。
その方は声も出なかったと言います。体が勝手に動いて、アクセルを踏んだ。砂利を弾くタイヤの音が、頭の中で炸裂するほど大きく響いたと。
友人はその間、ずっと前を向いたまま固まっていた。後で聞いたら、窓ガラスの顔は見えていなかったと言ったそうです。ただ、急発進する少し前、後部座席のあたりから、生温かい吐息のようなものを首の後ろに感じた、とだけ言った。
二人は、その夜について、それ以上話し合うことはなかったと聞いております。
その方がこの話を私にしてくださったのは、一度だけでございます。語り終えた後、少し間を置いて、「あれが誰の顔だったのか、今でもわからない」とおっしゃいました。静かな声でした。怖いというよりも、何か、合点のいかないものを長年抱えてきた人の声でございました。
駐車場は今も使われております。園の管理用に、昼間は職員の方が普通に車を止めておられるとか。ただ、夜間はどなたも車を残さないようにしているのだそうで。なぜかと聞いた方がいたそうですが、担当の方はただ苦笑いをして、答えなかったと聞きました。
その方は昨年、病で亡くなられました。
形見の整理を手伝った折に、遺品の中に一枚の紙が出てきたと、ご家族から伺いました。走り書きのようなものだったそうです。何が書いてあったかは、教えていただけませんでした。ただ、ご家族が見た瞬間に、そっと裏返したと。
その紙の、裏返された側が、私の頭から離れないでいます。