水底の顔
AI AI가 만든 창작 픽션입니다(음성·이미지도 AI 생성). 실제 사건·인물·단체·장소와 무관합니다.

十月の末、小樽運河沿いに安宿を取ったのは、純粋に安さのためだった。観光シーズンを外した平日の月曜日、石造りの倉庫群はすでに半分眠ったような顔をしていて、運河の水面には誰も映っていなかった。
私の名前は中村朔、三十二歳のフリーランスのライターだ。北海道特集の記事を一本仕上げるために小樽へ来た。編集部から渡された取材メモには「運河の夜景」「石造り倉庫の歴史」「ガス灯の情緒」といった無難な言葉が並んでいたが、実のところ私は小樽に来るのを少し楽しみにしていた。札幌の喧騒から一時間たらず、古びた港町の空気は東京の締め付けるような空気とまるで違う。宿に荷物を置いてすぐに運河沿いを歩いた。石畳の遊歩道は観光客がまばらで、石造りの倉庫壁がガス灯の橙色をひっそりと吸い込んでいた。運河の水は思ったより黒く、波ひとつなく、空の色を映すでもなく、ただそこに横たわっていた。
宿は中央橋から少し北へ入った路地にある小さな旅館で、「錨屋」という看板が玄関の上に掛かっていた。創業何十年かは分からないが、廊下の床板がきしむ具合や、障子の桟に積もった薄い埃の感触から、相当な年月を経ていることは分かった。女将は六十代とおぼしき小柄な女性で、名を「ミツ」と名乗った。愛想が悪いわけではないが、笑うときにどこか目だけが笑っていない、そういう顔をする人だった。部屋は二階の角部屋で、窓を開けると運河の水面が遠くに見えた。
その夜、私は遅くまで遊歩道を歩いた。ガス灯が等間隔に並ぶ石畳の道は、観光ポスターそのままの情景だったが、夜が深まるにつれて観光客の姿は消え、倉庫の壁の影が長く伸びて路面を這い始めた。運河の対岸、旧倉庫街の窓には明かりがない。水面に映るガス灯の炎だけが橙色にゆらゆらと揺れ、その揺れ方がまるで水の底から呼吸しているようだった。私はしばらく運河縁に立って水面を見つめた。水は深い。小樽運河の水底がどれほどの深さなのか、私は知らなかった。石畳の縁石に腰を下ろして煙草を一本吸い、ふと気づいた。水面に映るガス灯の像が、地上の炎よりもわずかに遅れて揺れている。風などない夜なのに。
気のせいだと思った。
翌朝、私は運河沿いの喫茶店で朝食を取り、午前中は旧市街の坂道を歩いて石造り倉庫の外壁を撮影した。小樽の坂は急で、上るたびに港の全景が開けてくる。十月末の空は鉛色で、日本海からの風が冷たく耳を刺した。石畳には昨夜の露がまだ乾かずに残っていて、光の当たり方によっては水がにじんでいるようにも見えた。午後になって運河沿いに戻ると、ミツが玄関先で箒を動かしていた。私が会釈すると、彼女は箒を止めて言った。
「昨夜、遅くまで外に出ていましたね」
私は少し驚いて、ええ、遅くまで歩いていましたと答えた。ミツは箒の柄を両手で握ったまま、運河の方角を一度だけ見た。
「夜の運河は、長く見ないほうがいいですよ。水が、引っ張りますから」
それだけ言って、また箒を動かし始めた。私は苦笑いをして部屋に戻ったが、その言葉は思いのほか長く頭に残った。旅先で地元の人間に言われる迷信めいた警告は珍しくない。しかしミツの言い方は、迷信を語る口調ではなかった。事実を告げる口調だった。
その晩、私はノートパソコンで記事の下書きを書きながら、窓の外を時折眺めた。錨屋の部屋から見える運河は遠く、細い水の帯に見えた。ガス灯の炎がその帯の上でいくつか揺れているのが分かった。私は下書きを一段落書いては窓を見る、という動作を何度か繰り返しているうちに、ある違和感に気づいた。
窓の外、運河沿いの遊歩道を、人が歩いている。
深夜一時を過ぎていた。この時間に散歩する人間がいないとは言い切れないが、その人物の歩き方がおかしかった。足を上げず、ほとんど引きずるように進んでいる。それでいて速度が一定で、止まらない。コートかマントのような黒っぽいものを羽織っていて、頭部は遠すぎてよく見えない。私はしばらくその姿を目で追ったが、石造り倉庫の陰に入ったあとは見えなくなった。次のガス灯の間隔に現れるはずの姿が、現れなかった。倉庫の影は長いが、それでもガス灯の間隔はさほど長くない。途中で曲がったのだろうと思った。
翌日の昼、私は中央橋の上で欄干に肘をついて運河を眺めていた。水の色は昨夜より少し明るく、石造り倉庫の白い壁が水面に映り込んでいた。そのとき、橋の袂に立っている老人に気づいた。七十代か八十代、背が低く、黒いコートを着ていた。老人は欄干に手を置いて水面をじっと見下ろしていた。特に不審なことはない。私も同じようにして運河を眺めていたのだから。ただ老人の視線が、水面を見ているというより、水の中を見ているように見えた。視点が遠く、橋の下の水面よりさらに深い場所を見つめているような、そういう焦点の外れ方だった。

私は老人に声をかけるかどうか迷ったが、結局かけなかった。取材ノートに「橋の上の老人」とだけ書いて、その場を離れた。夕方に宿へ戻ると、ミツが夕食の準備をしていた。食堂は私一人で、鍋の湯気の中でミツが黙って給仕してくれた。私は昼間の老人のことを話した。ミツは配膳の手を止めず、淡々と聞いていた。
「黒いコートの老人ですか」
はい、と私が答えると、ミツは少し間を置いてから言った。
「あの橋の袂には、昔から出るんです。水に落ちた人の、縁者だか何だか。詳しくは知りません。でも長く見ていると、一緒に水を見たくなる。それだけは確かです」
私は箸を持ったまま、ミツの顔を見た。彼女は私の目を見ず、窓の外を見ていた。窓の外には夜の運河が見えた。
「一緒に水を見たくなる」という言葉の意味を、私はその夜ずっと考えた。単純に解釈すれば、水辺で長く立っていると足元が危うくなる、そういうことかもしれない。だが何度かミツの言い方を思い返すうちに、私はその解釈が正しくないと感じ始めた。彼女が言ったのはそういう物理的な意味ではなく、もっと内側から引かれる感覚のことだった。私は窓を閉め、カーテンを引き、パソコンを開いたが、記事の文章は一行も進まなかった。
三日目の夜、私は運河沿いを歩くことをやめようと決めていた。しかし午後十時を過ぎたあたりで、何かに引かれるように部屋を出た。自分でも理由が分からなかった。単純に眠れないから、と自分に言い訳をした。石畳の遊歩道に出ると、冷たい海風が首筋を撫でた。十月の小樽の夜は本格的に寒く、吐く息が白く流れた。ガス灯が等間隔に並ぶ道を、私は中央橋の方向へ歩いた。
橋の手前で足が止まった。
橋の袂に、昨日の老人が立っていた。昨日と同じ場所、同じ姿勢で、欄干に手を置いて水面を見下ろしていた。夜の十時過ぎに、同じ場所に同じ老人がいる。私は立ち止まって老人を見た。老人は動かなかった。ガス灯の光が橋の石造りの欄干に落ちて、老人の黒いコートに小さな影を作っていた。私はゆっくりと近づいた。五メートルほどの距離になったとき、老人がこちらを向いた。
顔に、表情がなかった。
正確には、表情という概念が存在しない顔だった。目があり、鼻があり、口があった。しかしその配置が何かわずかにずれていて、それが顔として認識できるのに、人間の顔として処理できない。脳が拒絶するような感覚があった。私は無意識に後退した。老人は何も言わず、ゆっくりとまた水面の方向へ視線を戻した。私は走らなかった。走るべきだったかもしれないが、足が石畳に張りついたように動かなかった。老人の首が、ゆっくりと水面に向く、その動作が、まるでひどく丁寧な礼をするような、あるいは何かを水の中に差し出すような、そういう動き方だった。
私が宿に戻ったのは、自分でも気づかないうちだった。部屋の電気をつけて、床に座って、しばらく何もできなかった。窓のカーテンは閉まっていた。しかし運河の方角から、水が動く音が聞こえた。波がない夜なのに、水が何かを飲み込むような低い音が、断続的に聞こえた。私はカーテンを開けなかった。
翌朝、私はミツに昨夜のことを話した。老人の顔のことを話すと、ミツは珍しく手を止めた。しばらく私の顔を見てから、静かに言った。
「顔が見えましたか」
はい、と私は答えた。
「それは、まずいですね」

ミツは言葉を選ぶように間を置いた。朝の食堂には秋の薄い光が入っていて、湯気の立つ味噌汁が机の上にあった。その光景の穏やかさと、ミツの声の緊張感が、奇妙な対比を作っていた。
「あれは、見てはいけないものなんです。昔からここに住んでいる人間は知っています。運河ができる前から、この港には水の底に引くものがいた。昔は船乗りがよく落ちた。酔っていたからだと言われていたけれど、本当は違う。水を見すぎて、引かれたんです。あれは顔を見せることがある。顔を見た人間は、次の夜、また運河に行きたくなる」
私は笑おうとした。しかし笑えなかった。昨夜、自分が運河に行こうと思った理由が、今も分からないからだ。
「どうすればいいんですか」と私は聞いた。
ミツは少し考えて言った。
「今日中に小樽を出ることです。夜になる前に」
私は午後の便で札幌へ戻る手もあった。しかし記事は半分しか仕上がっていない。編集部への締め切りは三日後だ。私は迷った。昼間の小樽は普通だった。石畳の坂道も、石造りの倉庫も、観光客の笑い声も、何一つ異常ではなかった。夜になると何かが変わる。それは確かだった。しかし昼間の小樽の穏やかさの中では、夜の記憶が少し遠くなった。
私は小樽を出なかった。
四日目の夜、私は部屋にいた。カーテンを閉め、電気をつけ、パソコンで記事を書いた。運河の方向を見ないように、窓には近づかなかった。午前零時を過ぎたあたりで、廊下に音がした。板の軋む音だ。宿は私一人の客で、ミツは一階に住んでいる。二階の廊下を歩く人間はいないはずだった。私はパソコンの画面から目を上げ、部屋のドアを見た。ドアの下の隙間から、廊下の明かりが見えた。廊下の電気は、消えているはずだった。
光は橙色だった。
ガス灯の色だった。

廊下の電気はLEDの白い光のはずなのに、ドアの隙間から差し込む光は橙色で、ゆっくりと揺れていた。私は椅子から立ち上がり、ドアに近づいた。ドアノブに手をかけた。ドアの向こうで、板が一枚きしんだ。何かが、ドアのすぐ外に立っている。
私はドアを開けなかった。
開けられなかったのではなく、開けなかった。何かが確実にそこにいるのに、開けてしまえばもう後戻りができないという感覚が、ドアノブを握る手を止めた。橙色の光は廊下の隙間から静かに差し込み続け、揺れ続けた。私は床に座り込み、ドアに背を向けて、壁に背中をつけた。
それがどれほど続いたか分からない。気づくと朝の光が窓のカーテンの隙間から入っていて、廊下の隙間は白い普通の光になっていた。私は朝食を食べずに荷物をまとめた。ミツに精算を頼むと、彼女は何も言わなかった。ただ釣り銭を渡すとき、私の手をわずかに長く握って、一言だけ言った。
「夢だったと思いなさい」
私は錨屋を出て、石畳の遊歩道を通って駅の方向へ歩いた。運河沿いに出ると、朝の光の中で水面は穏やかに光っていて、観光客が数人カメラを向けていた。石造りの倉庫の壁は朝の斜光を受けて温かみのある色をしていた。中央橋の上を渡るとき、私は橋の袂を見た。老人はいなかった。当然だった。昼間の橋の袂は何の変哲もない石畳の角で、欄干に手の跡のような汚れがついているだけだった。
小樽駅から列車に乗り、札幌に戻り、東京へ戻り、記事を書いた。「小樽運河の夜景とガス灯の情緒」という題の、どこにでもある観光コラムを。編集部は満足した。
それから二週間が経った。私は東京の自分のアパートで、深夜にパソコンで仕事をしていた。ふと気づくと、窓の外を見ていた。アパートの窓の外には、隣のビルの壁と、細い路地と、街灯の白い光がある。それだけだ。しかし私は、その街灯の光がわずかに橙色に見えるような気がして、目を細めた。
気のせいだ、と思った。
翌朝、起き上がると自分の靴の裏が濡れていた。前夜、外には出ていない。靴は玄関に揃えて置いてあった。濡れているのは靴底だけで、土や砂はついていなかった。ただ水が、まるで運河の水のような、あの黒っぽい重たい水が、靴底に薄く残っていた。
私はしばらく靴を見つめた。
記事の中で私は書いた。「小樽運河の夜は、どこか夢のような情緒があります」。
夢だったと思いなさい、とミツは言った。
靴底の水は、昼になっても乾かなかった。