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AI カイダンボット 日本語 原作

掘割の顔

AI AI 生成の創作フィクションです(音声・画像も AI 生成)。実在の出来事・人物・団体・場所とは無関係です。

柳川に戻ることにしたのは、母の七回忌が近づいていたからだ。東京で広告の仕事をしている村瀬朔也は、三十四歳になった今も、あの水の街のことを考えるとき、いつも胸の奥に小石のような硬いものを感じた。柳川市内の実家は今や叔母夫婦が管理しており、朔也が最後に帰ったのは葬儀のときだから、もう六年が経つ。新幹線で博多まで出て、西鉄の特急に乗り換えると、窓の外の風景が少しずつ平らになっていった。水田が広がり、遠くに防風林の黒い帯が見えた。九月の終わりで、空は青く澄んでいたが、その青さはどこか薄く、張り子の空のように朔也には感じられた。

柳川駅を降りると、あの独特の湿り気が皮膚に触れた。水の匂い、泥の匂い、それから何か植物の腐りかけた匂いが混じった、生き物の体の内側のような空気だった。駅前のロータリーには観光用の堀下り舟を宣伝する看板があり、若い外国人観光客のグループが楽しそうに写真を撮っていた。朔也はその賑やかな光景を横目に見ながら、叔母の家へ向かうタクシーに乗った。車窓から見える掘割は、夕方の光を受けてにぶく光っていた。柳川の掘割は江戸時代に作られた灌漑用水路を起源とする、総延長六十キロを超える網の目状の水路で、街全体を毛細血管のように縫っている。朔也は子供の頃、その水路をずっとたどれば世界のどこかにつながると信じていた。

叔母の家は旧市街の一角にあった。母が育った家であり、朔也も幼少期の夏休みを何度もそこで過ごした。玄関先に立つと、叔母の梅子が出てきて「よく来たね、痩せたんじゃない」と言った。六十八歳の梅子は腰が少し曲がっていたが、目だけは相変わらずよく動いた。夕食の膳を囲みながら、梅子は七回忌の段取りをいくつか話してくれた。菩提寺への連絡、親族への通知、供え物の手配。朔也は相槌を打ちながら、座敷の奥にある仏壇に目を向けた。位牌の前に母の遺影が置いてあり、写真の中の母は笑っていた。その笑顔が、記憶の中の母の表情とどこかずれているような気がして、朔也はすぐに視線をそらした。

翌朝、朔也は早めに目を覚ました。叔母はまだ眠っているようで、家の中は静かだった。台所で茶を淹れ、縁側に出ると、裏手の掘割が見えた。水面は朝もやの中でほとんど動きを見せず、まるで灰色の布を敷いたようだった。その静けさの中に、何か一点だけ動くものがあった。水面の向こう岸、古い土塀の陰に、白いものが立っているのが見えた。人の形をしていた。朔也は目を細めたが、もやのせいではっきりとは見えない。やがてそのもやが少し動いて、白い形は消えた。朔也は茶を飲みながら、鷺か何かだろうと思った。この辺りでは白鷺が掘割に降りることがよくある。子供の頃もよく見かけた。

法事の準備で二日目は慌ただしく過ぎた。菩提寺の住職と打ち合わせをし、親族への電話連絡を手伝い、夕方には叔母と二人で近くの花屋まで歩いた。その帰り道、掘割沿いの細い路地を通ったとき、朔也はふと立ち止まった。水路の縁に、誰かが立っていた。後ろ姿で、白い着物を着た女だった。髪は長く、肩より下まで垂れている。観光客にしては様子が変で、舟下りの乗客でもなかった。女はじっと水面を見ていた。梅子が「どうしたの」と声をかけると、朔也は「いや、何でもない」と答えて歩き出した。振り返ったとき、女の姿はもうなかった。水路のその場所には、薄い波紋だけが静かに広がっていた。

掘割の顔

その夜、朔也は夢を見た。夢の中でも柳川にいた。掘割の上を舟で進んでいるのだが、舟頭がいない。水路は見たことのない方向へと続いており、両岸の柳の木が垂れ下がって水面を撫でていた。やがて舟は広い水面に出た。そこで朔也は、水の中に何かが沈んでいることに気づいた。白いものだった。人の形をしていた。朔也が水の中をのぞき込もうとした瞬間、沈んでいたものが顔を上向けた。母の顔だった。目は開いていた。口も開いていた。水の中から声が聞こえた。聞き取れない言葉だった。泡が上がってきた。朔也は目を覚ました。布団の中で、全身が汗で湿っていた。

三日目の朝、朔也は気分転換に一人で掘割沿いを歩くことにした。観光客が多く来る北柳川の辺りではなく、旧市街の外れ、地元の人間しか通らないような細い水路沿いの道を選んだ。九月の朝は涼しく、水路にはところどころ水草が繁茂し、その緑が水面に映っていた。歩いていると、道の途中で猫が一匹、朔也の足元に近づいてきた。三毛猫で、首輪はない。猫は朔也の足のそばをしばらく歩いてから、突然立ち止まり、水路の方向を向いてじっと動かなくなった。朔也が水路を見ると、水面の一点がわずかに盛り上がっているように見えた。流れとは逆向きに、何かが水の下を動いているように見えた。大きな魚か、あるいは何か別のものか。その動きはやがて遠ざかり、水面はもとの静けさを取り戻した。猫はまだそちらを見ていた。

法事は四日目に執り行われた。読経の間、朔也はずっと母の遺影を見ていた。写真の母は笑っている。笑っているのだが、何かが引っかかる。何日かかけてようやく気づいた。笑い方が違うのだ。記憶の中の母は、笑うとき目が細くなって、頬に小さなくぼみができた。しかし遺影の母は、口だけが笑っていて、目は笑っていない。遺影を選んだのは叔母だったはずだ。後でそれとなく確認しようと思いながら、朔也は焼香の列に並んだ。法事の後、親族で集まった席で、叔母の夫の義雄が少し酔いながら言った。「朔也くん、この辺りじゃ昔から言われてることがあってね。水路に呼ばれる人間がいるって。特に身内を亡くした直後に来ると、水が顔を覚えるって」。梅子が「そんな縁起でもない」と夫をたしなめた。朔也は笑って聞き流したが、その言葉は胸の奥に落ちて沈んでいった。

五日目の夜がいちばん変だった。朔也は眠れず、真夜中すぎに縁側に出た。空には月が出ていた。掘割の水面が月光を反射して、銀色に光っていた。その美しさにしばらく見惚れていると、水面の向こうに人影があることに気づいた。土塀の陰ではなく、今度は水路のすぐ縁、葦が生えた岸辺に立っていた。白い着物の女だった。今度は後ろ姿ではなかった。こちらを向いていた。月明かりの中でも顔は見えなかった。ただ、髪に何かが下がっているのがわかった。細い飾りか、それとも水草か。朔也は声をかけようとしたが、声が出なかった。女はゆっくりと、水路の方へ一歩踏み出した。足が水に入った。音はしなかった。もう一歩。水が膝まで来た。そのまま沈んでいくように、女の姿は水面下へと消えていった。波紋ひとつ立たなかった。朔也は縁側の柱をつかんだまま、夜明けまでそこを離れられなかった。

翌朝、朔也は叔母に昨夜のことを話した。梅子は話を最後まで聞いてから、長い間黙っていた。それから、「一つ聞かせて」と言った。「あの子の顔、見えた?」。朔也は「見えなかった」と答えた。梅子は小さく息をついた。「見えなくてよかった」と言った。それだけだった。それ以上説明しようとしない梅子に、朔也は「どういう意味?」と問いかけた。梅子はしばらくして「この辺りには昔から水の中に住むものがいる、と言われてた。それは悪いものじゃないんだけど、顔を見た人は水に引かれるって。お母さんもね」と言って、口を閉じた。朔也は息を吸うのを忘れた。「お母さんも?」。梅子は何も言わなかった。

掘割の顔

朔也の母、村瀬澄子は六年前の秋に亡くなった。病名は心不全とされていた。柳川の実家で、一人で眠っているときに。発見したのは翌朝の梅子だった。澄子は布団の上で仰向けになっており、顔には穏やかな表情があった。異常なことは何もなかった、とその時の梅子は言っていた。しかし今、梅子の言葉が朔也の脳裏で組み直されていく。水の中に住むもの。顔を見た人は水に引かれる。お母さんも。朔也は立ち上がり「お母さんは顔を見たの」と聞いた。梅子は仏壇の方を向いたまま、小さく頷いた。「いつ」。「あんたが最後に来た年の夏。あんたが帰った後から、お母さんは夜に水路の方を見てることが多くなった。ぼんやりと。引っ張られてるみたいに」。朔也の手が震えた。

梅子がさらに続けた言葉が、朔也の中で全てを塗り替えた。「朔也、あなたが今回ここに来る前の週、あの水路の縁に白いものが見えたって、近所の人が言ってた。毎晩出るって。あなたが来る前から。まるで待ってるみたいに」。朔也は自分の体温が一度だけ下がるのを感じた。今まで見てきたものが、一瞬で別の意味を持ち始めた。水路の向こうの白い影、掘割の縁に立つ女の後ろ姿、水の中へ消えていく足、波紋を立てない沈没。それらは全て、自分が来てから起きたことだと思っていた。しかしもし、自分が来るより前から、それが待っていたのだとしたら。自分を知っていたのだとしたら。水が顔を覚えるという義雄の言葉が、全く別の重さで腹の底に落ちてきた。

「逃げた方がいい」と朔也は思った。しかし、奇妙なことに、体はそう動かなかった。東京に帰る気持ちがあるはずなのに、新幹線の時刻を調べようとスマートフォンを手に取ると、なぜか画面を閉じてしまう。散歩に出れば、足は自然と掘割の方へ向かう。その感覚を意識したのは、七日目の朝だった。川べりに立って水面を見ていたとき、ふと気づいた。自分はいつからここに来ていたのだろう。縁側から出た記憶はある。しかし、靴を履いた記憶がない。足元を見ると、素足だった。アスファルトの上に、素足で立っていた。濡れていた。足の裏が、濡れていた。水路まではまだ三メートルある。

その日の夕方、朔也は叔母に「明日帰る」と告げた。梅子は「そう」と言い、少し間を置いてから「夜は水路を見ないで」と言った。その夜、朔也は部屋の雨戸を閉め、布団を頭まで引き上げた。眠れなかった。水の音が聞こえた。掘割の水が流れる音は普段は聞こえないのだが、その夜は確かに聞こえた。チャプ、チャプという規則的な音が、障子の向こうから聞こえ続けた。やがてその音が、少しずつ大きくなっていくのがわかった。近づいてきていた。縁側の方から。障子の向こうで、音が止まった。朔也は息を止めた。障子の白い面に、何かの影がかかった。人の形の影だった。立っていた。ただ立っていた。何もしなかった。朔也は目を閉じた。

どれくらいそうしていたかわからない。気づいたとき、夜が明けていた。障子には何もなかった。縁側は濡れていなかった。朔也は荷物をまとめ、叔母に短い挨拶をして、タクシーを呼んだ。梅子は門のところまで出てきて、「気をつけて」と言った。それだけだった。タクシーに乗り込み、窓から梅子の姿が小さくなっていくのを見ながら、朔也はあることを思い出した。七日目の朝、素足で掘割の縁に立っていたとき、水面に映った自分の顔。確かに見た。しかしその顔は、自分の顔だったのだろうか。口が笑っていて、目は笑っていなかった。どこかで見た顔だった。

掘割の顔

西鉄の電車に乗り、車窓から見える水田と掘割が後ろへ流れていった。朔也は目を閉じた。母の遺影のことを考えた。口だけが笑って、目は笑っていない。あの写真を最初に見たとき感じた違和感。梅子が選んだ遺影。梅子は何を見て、あの写真を選んだのだろう。そして母が最後の夜、布団の上で仰向けになっていたとき、その顔に穏やかな表情があったと梅子は言っていた。朔也は静かに考えた。穏やかな表情、とはどういう表情だったのだろう。口が笑っていて、目は笑っていない、そういう表情ではなかっただろうか。電車は速度を上げ、窓の外に博多の市街地が近づいてきた。

東京に戻った朔也は、しばらく普通に生活した。仕事に行き、飯を食い、眠った。柳川のことは考えないようにした。しかし十日ほど経ったある夜、目が覚めると、自分がベッドの上ではなく、床の上に立っているのに気づいた。裸足で。アパートの床は冷たかった。時計は午前三時を指していた。朔也は自分がどうやって立ち上がったかわからなかった。そしてふと、足の裏を確認した。濡れていた。東京の、自分のアパートの床で、足の裏が濡れていた。水は温かかった。川の水のような温度だった。

ベランダの窓を見た。カーテンが揺れていた。風はないはずなのに。朔也はカーテンに近づいた。窓ガラスに、外から何かが触れていた。水の跡だった。手の形のような、水の跡が、ガラスの外側についていた。朔也はそこから動けなかった。五階のベランダ、外側のガラスに、手形の水跡。朔也はゆっくりと後退し、壁に背を当てた。カーテンがまた揺れた。窓の外は暗く、何も見えなかった。何も、見えなかった。

見えないことが、どういうわけか、いちばん怖かった。

朔也は翌朝、叔母に電話をかけた。何度呼び出しても出なかった。午後になっても出なかった。夜になって、ようやく繋がった。しかし電話口から聞こえてきたのは梅子の声ではなかった。若い女の声だった。「もしもし」と言う声だった。朔也が「梅子おばさんですか」と聞くと、しばらく沈黙があった。それから、その声は静かに言った。「今、水路のそばにいます」。朔也は「誰ですか」と言った。返事はなかった。代わりに、電話の向こうから、水の音が聞こえてきた。チャプ、チャプという、規則的な音が。それはゆっくりと、しかし確かに、大きくなっていった。

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