AI カイダンボット 日本語 原作

恐山の風車

AI AI 生成の創作フィクションです(音声・画像も AI 生成)。実在の出来事・人物・団体・場所とは無関係です。

恐山の風車

田中慶介が恐山のふもとの集落に着いたのは、八月の終わりの夕暮れ時だった。宇曽利湖の水面が血のように赤く染まり、その向こうに連なる山々の稜線が、まるで寝ている巨人の背骨のように見えた。慶介は東京から車を走らせて七時間、カーナビが「道案内を終了します」と告げた後も、舗装の剥がれかけた細い道を三十分ほど進み続けてようやくたどり着いた場所だった。目的は写真集のための取材だった。民俗写真家として独立して四年、そろそろ代表作と呼べるものが欲しかった。恐山とその周辺に残る「イタコ」の文化、死者を呼ぶ口寄せの習俗——それを記録することが今回の目的だった。

集落の名は地図に載っておらず、編集者の佐々木から「現地の古老に聞けばわかる」と言われただけだった。実際、集落は想像よりずっと小さかった。十軒あるかないかの古い民家が、湖に背を向けるように並んでいる。屋根には苔が生え、壁板は長年の雨風で灰色に変色していた。それでも人の気配はあった。夕餉の煙が細く立ち上り、どこかで犬が低く唸る声がした。

宿を借りることになっていたのは、集落でただ一軒の民宿「むつ屋」だった。引き戸を開けると、六十代とおぼしき女将が土間に立っており、慶介の顔を見るなりふっと息をついた。「田中さんだね。遠かったべ」と言い、案内してくれた部屋は八畳の和室で、床の間には古い掛け軸があった。墨で描かれた山の絵で、山頂から何かが垂れ下がっているように見えたが、暗くてはっきりとはわからなかった。女将は夕食の時間を告げ、去り際に「夜はあまり湖の方へ行かないでください」とだけ言い残した。理由を聞こうとしたが、彼女はもう廊下の角を曲がっていた。

夕食は質素だが丁寧な料理だった。地元の山菜と、宇曽利湖で取れたという魚の干物、それに白いご飯と味噌汁。慶介は一人で食卓につき、箸を動かしながら、明日からの撮影計画を頭の中で整理した。まず恐山の境内、それから近隣の集落で古老への聞き取り、できれば口寄せの現場も撮らせてもらう。佐々木は「夏の大祭が終わった後だから人は少ないが、その分静かで撮りやすいはずだ」と言っていた。食事を終えて縁側に出ると、夜の湖が見えた。月明かりに光る水面は静まり返り、波一つなかった。それがかえって不自然に思えた。あれほどの広さの湖が、まるで凍りついたように動かない。慶介はカメラを手に取り、三枚ほどシャッターを切った後、なんとなく落ち着かない気持ちになって部屋に戻った。

翌朝、早起きして恐山の境内へ向かった。菩提寺の山門をくぐると、硫黄の匂いが鼻を突いた。地面のあちこちから白い蒸気が吹き上がり、灰色の岩肌が広がる荒涼とした風景の中に、風車が無数に立っていた。赤と白の風車がくるくると回るたびに、どこからか細い音が漏れるような気がした。風の音ではない。もっと高く、もっと細い、喉の奥から絞り出すような音。慶介は耳をそばだてたが、その音は聞こえたり消えたりして、はっきりと捉えることができなかった。カメラのファインダー越しに風車を覗くと、奇妙なことに気づいた。風は確かに吹いているのに、一本だけ回っていない風車があった。境内の隅、大きな石の陰に立てられたそれは、周囲の風車が激しく回る中で、ぴたりと静止していた。慶介は近づいて写真を撮った。風車の軸に何かが絡みついているのかと思ったが、近くで見ると何も絡んでいなかった。ただ動かない。それだけだった。

境内で出会った老人が声をかけてきたのは、慶介がその風車の写真を撮り終えた直後だった。七十代か八十代か、正確な年齢の見当がつかない、背の低い男だった。着ているものは普通の作業着だったが、首に数珠を二重に巻いていた。「写真家の人か」と男は言った。慶介が頷くと、「それは撮らん方がええ」と静かに言った。どれのことかと聞くと、男は止まっている風車を顎でしゃくった。「あれは供え物だ。誰かが持ってきた。誰のものかわかっとる人間は、もうここにいない」。意味がよくわからなかったが、慶介は「なぜ撮ってはいけないんですか」と聞いた。男はしばらく黙ってから言った。「呼んでしまうから」。それだけ言って、男は来た方向へ戻っていった。慶介は後ろ姿を見送りながら、ファインダーの中で撮った画像を確認した。液晶画面の中の風車は、やはり止まったままだった。だが画像の端に、人影のようなものが写っていることに気づいた。白っぽい、輪郭のぼやけた何か。慶介はその画像を拡大し、また元に戻し、もう一度拡大した。影はそこにあった。だが境内にいた人間は、あの老人と慶介だけだったはずだった。

恐山の風車

その日の午後、慶介は集落に戻り、女将に老人のことを話した。女将は表情を変えずに「ああ、佐藤じいさんだべ。昔からあそこにいる人だよ」と言った。「あの人、何かご存知なんですか、この辺りのことを」と慶介が聞くと、女将は少しだけ間を置いてから「知りすぎるくらい知っとる」と答えた。それ以上は何も言わなかった。夕方、慶介は宿の縁側でカメラの整理をしながら、今日撮った写真を見直した。恐山の風景、風車、硫黄の蒸気、石仏——それらは確かに美しく、写真集の素材として申し分なかった。だが止まった風車の写真だけは、見るたびに妙な感覚を覚えた。画像の端の白い影は、拡大すれば拡大するほど人の形に近づいていくように見えた。立っている。こちらを向いている。腕がある。しかし顔がない。慶介はその写真を削除しようとして、やめた。証拠として残しておくべきかもしれないと思ったのだが、何の証拠なのかは、自分でもわからなかった。

二日目の夜、慶介は夢を見た。夢の中で、宇曽利湖の畔に立っていた。水面は昼間よりも黒く、空には星一つなかった。湖の対岸に、何かが立っているのが見えた。遠くて形はわからないが、それはこちらを見ていた。慶介は見てはいけないと思いながら、目を離せなかった。やがてその影が少しずつこちらへ近づいてきた。歩いているのではなく、滑るように動いてくる。水面の上を。水に足がつかないまま。距離が縮まるにつれ、影の輪郭が見えてきた。人の形をしていた。女の形をしていた。長い黒髪が垂れ下がり、着ているものは白かった。だがその顔には、目も鼻も口もなかった。のっぺりとした白い面だけがあった。慶介は叫ぼうとしたが、声が出なかった。影が目の前まで来て、止まった。そして無言で手を伸ばしてきた。その手が肩に触れた瞬間、慶介は目を覚ました。

目が覚めると、部屋は暗かった。汗が首筋を伝っていた。慶介は呼吸を整えながら、夢の残滓が身体にまとわりついているような感覚に耐えた。時刻は午前三時を過ぎていた。喉が渇いていたので水を飲もうと廊下へ出ると、宿の中が妙に静かなことに気づいた。いや、静かというより、音が吸われているような感じだった。自分の足音も、廊下を踏む音も、妙に遠く聞こえる。台所で水を飲み、廊下を戻りかけたとき、玄関の引き戸の向こうに人影が見えた。すりガラス越しに、誰かが立っている。慶介は息を止めた。影は動かない。ただそこにいる。慶介はゆっくりと引き戸に近づき、一気に開けた。

外には誰もいなかった。玄関先の砂利に足跡はなく、あるのは八月の終わりの夜の空気と、遠くに光る宇曽利湖だけだった。慶介は数秒その場に立ち、戻ろうとしたとき、砂利の上に何かが落ちているのを見た。赤い風車だった。軸が折れて、羽根が半分ちぎれていた。恐山の境内で売っているものと同じ形をしていたが、それよりずっと古く、色が褪せていた。慶介はそれを拾い上げ、部屋に持ち帰った。翌朝、女将にそれを見せると、女将の顔色が変わった。「どこで拾ったか」と聞くので、玄関先だと答えると、女将はしばらく黙ってから「明日、帰った方がいい」と言った。

「なぜですか」と慶介は聞いた。女将は答える代わりに、台所から古いアルバムを持ってきた。色褪せた写真が何枚もあった。集落の写真、祭りの写真、子供たちの写真——そして最後のページに、一枚の写真があった。恐山の境内で撮られたらしいその写真には、数人の人物が写っていた。その中の一人、端に立っている女が、慶介の目に止まった。白い着物を着て、長い黒髪を垂らしている。顔は——顔は、ぼやけていた。ピントが合っていないのではなく、まるで顔の部分だけが消されているような、あるいは最初からそこに顔がなかったような、そういうぼやけ方をしていた。慶介は夢の中の影を思い出した。「この人は誰ですか」と聞くと、女将は「わからない」と答えた。「この写真には誰もいないはずだった。撮った人間も、写ってる他の人間も、みんなそう言った」。

恐山の風車

慶介はその日の午後、もう一度恐山へ向かった。女将の言葉が頭から離れなかったが、帰る前に確認したいことがあった。昨日撮った写真の白い影。あれが何だったのかを、この目で確かめたかった。境内に入ると、昨日と同じように硫黄の匂いがした。石仏の間を歩き、止まった風車のあった場所へ向かった。だが風車はなかった。岩の陰には何もなく、地面に小さな穴が一つ開いているだけだった。風車が立てられていた跡だろう。慶介はその穴を写真に撮り、周囲を見回した。ほかの風車はすべて回っていた。赤と白の羽根が、風を受けてくるくると廻る。その音の中に、また聞こえた。細い、高い、喉の奥から絞り出すような音。今度ははっきりと聞こえた。言葉ではなかった。名前でもなかった。ただ、呼んでいる音だった。

慶介はカメラを構えた。音のする方向へファインダーを向けた。硫黄の蒸気が立ち込める荒れた地面、灰色の岩、遠くに見える湖の水面——そして蒸気の中に、何かが立っていた。白い。人の形をしている。慶介の指がシャッターボタンの上で止まった。それは動かなかった。蒸気に半分溶け込むようにして、ただそこに立っていた。慶介は息をひそめ、シャッターを切った。切った瞬間、蒸気が一陣の風で流れ、その場所は空になっていた。岩と、砂と、硫黄の匂いだけが残った。

宿に戻り、慶介は荷物をまとめ始めた。女将の言葉に従うことにした。自分でも、なぜ急に従う気になったのかはわからなかった。ただ、もうここにいてはいけないという確信があった。理屈ではなく、身体が知っていた。荷物をまとめながら、最後にカメラの液晶で今日撮った写真を確認した。恐山の風景、空になった岩の陰、蒸気の立ち込める地面——そして最後の一枚。蒸気の中に立っていたものを撮った写真。慶介はその画像を拡大した。蒸気は流れていた。その場所は空だった。だが画像の端に、今度も白い影があった。昨日と同じ場所ではなかった。今度はカメラのすぐ横、ほとんど慶介のいる場所と同じ位置に、その影は写っていた。

慶介は車に乗り込み、集落を後にした。細い道を下り、舗装の整った国道に出るまでの間、バックミラーをほとんど見なかった。見たくなかった。ただ前だけを向いて、アクセルを踏み続けた。やがて街の灯が見えてきた。コンビニの看板、信号機、行き交う車——日常の風景が戻ってきた。慶介は肩から力を抜き、大きく息をついた。数時間走り、東北自動車道に乗ったところで、ようやく人心地がついた気がした。サービスエリアに車を停め、缶コーヒーを買い、シートに深く座った。カメラバッグを助手席に置き、それ以上開けないようにした。

東京に戻ったのは翌朝だった。自宅マンションの部屋に入り、荷物を下ろし、シャワーを浴び、眠った。眠りは深く、夢は見なかった。起きたのは昼過ぎで、窓の外には東京の空が広がり、どこかで車のクラクションが鳴り、宅配便のバイクが走っていた。慶介はコーヒーを淹れ、パソコンを開き、カメラから写真データを取り込んだ。恐山の写真は確かに美しかった。霧の中の石仏、風車の列、硫黄の蒸気、荒れた岩場——どれも力のある写真だった。これなら写真集になると思った。慶介はデータを整理しながら、問題の写真を探した。蒸気の中に立っていたものを撮った一枚。あの影が自分のすぐ横に写り込んでいた写真。

見つかった。慶介はその写真を大きなモニターで開いた。蒸気。岩。空になった地面。そして画像の端——。影はなかった。慶介は眉をひそめ、別の写真を確認した。初日に撮った、止まった風車の写真。端に白い影があったはずの写真。開いてみると、影はなかった。風車があるだけだった。だが今度は風車が回っていた。液晶の小さな画面では気づかなかったが、大きなモニターで見ると、羽根が動いているのがわかった。ぶれている。確かに動いている。慶介は首を振った。あの風車は止まっていた。自分はそれを見た。だが写真の中では、回っていた。

恐山の風車

慶介はすべての写真をもう一度、最初から見直した。百七十三枚。恐山で撮ったすべての写真を、一枚一枚確認した。影は一枚も写っていなかった。白い人影は、どこにもなかった。代わりに、慶介は別のことに気づいた。自分が撮った写真のうち、七枚に、同じ人物が写り込んでいた。遠景に、背景に、石仏の陰に——白い着物を着た、長い黒髪の女が、七枚それぞれ異なる場所に写っていた。慶介には記憶がなかった。撮影中、そんな人物を見た記憶がなかった。だが写っている。七枚とも、女は慶介の方を向いていた。七枚とも、顔がはっきりと写っていた。

慶介は最初の一枚をさらに拡大した。顔が見えた。目があった。鼻があった。口があった。普通の、人間の顔だった。だがその表情が、慶介の手を止めた。笑っていた。ただ笑っているのではなく、何かを知っているように笑っていた。まるで慶介が気づくのをずっと待っていたように。慶介はモニターから目を離し、部屋の中を見回した。東京の昼間の部屋。日差しが入り、外の音がする。何もいない。何もない。慶介はコーヒーを一口飲み、もう一度モニターに目を向けた。

七枚の写真の女は、すべて同じ顔をしていた。ただ一枚だけ、最後に確認した写真——東京を出る前夜、宿の縁側から湖を撮った写真——で、女の位置が違った。湖の水面に写り込んでいた。だが水面に映るはずのものは、岸辺にいなければならない。慶介は写真を撮ったときのことを思い出した。縁側に出て、三枚だけ撮って、落ち着かない気持ちになって部屋に戻った。その時、自分の横に誰かいたのか。いなかった。いなかったはずだった。

慶介はカメラバッグを引き寄せ、中を確認した。カメラ、レンズ、予備のバッテリー、メモリーカード。そして底の方に、何かが入っていた。触れると、細い軸と、紙の羽根の感触があった。慶介はそれを取り出した。赤い風車だった。軸が折れて、羽根が半分ちぎれていた。玄関先で拾い、部屋に持ち帰り、翌朝には見当たらなくなっていたと思っていたもの。それがバッグの中にあった。慶介はそれをテーブルの上に置いた。部屋に風はなかった。窓は閉まっていた。

それでも風車は、ゆっくりと回り始めた。

シェア
Kaidan 怪談小説 読み物として味わう創作怪談。
見る