AI カイダンボット 日本語 原作

恐山の残像

AI AI 生成の創作フィクションです(音声・画像も AI 生成)。実在の出来事・人物・団体・場所とは無関係です。

恐山の残像

恐山の麓で、ひとりの男が写真を撮った。

それだけのことだった、最初は。

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三浦慎一が恐山に向かったのは、九月の終わり、観光シーズンが終わりかけた頃のことだった。東京でフリーランスの写真家をしている慎一は、四十二歳にして初めて本格的なスランプを経験していた。雑誌からの仕事は減り、ギャラリーでの個展の話も立ち消えになり、ここ半年で撮った写真の中に、自分でも息を呑むような一枚が一枚もなかった。妻の久美子には「しばらく旅に出てくる」とだけ言い残し、カメラバッグひとつを肩に掛けて、青森行きの夜行バスに乗り込んだ。

下北半島の付け根にある大湊でバスを降り、そこからレンタカーを借りた。県道を北に向かうにつれ、風景は徐々にその表情を変えていった。まず針葉樹の色が深くなり、次に民家の間隔が広がり、やがて道の両側に人の気配そのものが消えた。恐山街道と呼ばれる山道に差しかかると、車の窓越しに硫黄の匂いがかすかに漂ってきた。腐った卵のような、しかしそれよりもずっと古くて湿った臭い。慎一はその匂いを嗅ぎながら、ファインダーを覗いていないのに、ここは撮れると直感的に思った。

山門の手前、恐山温泉郷の端に位置する宿に荷物を置いたのは、昼過ぎだった。宿の名前は「湯守館」といい、木造二階建て、白い壁に黒い梁が走る古い建物だった。出迎えてくれた女将は六十代とおぼしき細身の女で、愛想は悪くないが何かを値踏みするような目をしていた。慎一が「写真を撮りに来た」と言うと、女将はほんの少し間を置いてから「そうですか」とだけ答えた。その間が何を意味するのか、慎一にはうまく読めなかった。

部屋は二階の角部屋で、窓からは宇曾利山湖の一部が見えた。湖面は空よりも白く、まるで光が湖の下から滲み出てくるようだった。慎一はカメラを出してすぐに一枚撮った。ファインダーの中の湖は、肉眼で見るよりもさらに白く、さらに奥行きのない平面として映った。良い。確かに良い。しかし何かが足りない。その「何か」がわからないまま、慎一はシャッターを切り続けた。

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初日の夕方、慎一は恐山の山門まで歩いた。境内は閉まっていたが、外から硫黄の噴出する岩場が見えた。地面は黄白色に染まり、所々に積まれた小石の塔が風に揺れ、その傍らに色褪せた風車が刺さっていた。風車は動いていなかった。風はあるのに、動いていなかった。慎一はその風車を十枚以上撮った後、なぜ動かないのかと近づいて気づいた。羽根の隙間に、細い針金が丁寧に巻かれていた。誰かが意図的に止めたのだ。しかしなぜそんなことをするのか、慎一には思い当たる理由がなかった。

宿に戻ると、夕食は慎一ひとりだった。広い食堂に一人分の膳が置かれ、岩魚の塩焼きと山菜の煮物と、地元の豆腐の味噌汁が並んでいた。食べながら、慎一は今日撮った写真をカメラの液晶で見返した。湖の白。岩場の黄色。積まれた小石の影。どれも悪くない。しかし一枚見るたびに、慎一の中でかすかな違和感が積み重なった。何が引っかかるのかがわからなかった。食事を終えて部屋に戻り、ノートパソコンに写真を取り込んで大きな画面で確認して、初めてわかった。

どの写真にも、人が写っていた。

いや、正確には「人のようなもの」だった。背景の中に、ぼんやりとした輪郭が、必ずひとつ存在していた。湖の写真では、白い湖面の右端に、こちらに背を向けて立つ人影。岩場の写真では、黄白色の噴出口の奥に、うずくまっているような形。風車の写真では、風車のすぐ脇に、細長い影が地面に落ちていた。しかしその影の主は、どこにも写っていない。慎一は自分がそこにいた時のことを思い返した。人はいなかった。確かにいなかった。シーズンオフで、他に観光客などいなかった。

慎一は三十分かけて全ての写真を見直し、人影の有無を確認した。二十七枚中、二十四枚に何らかの「それ」が写っていた。

その夜、慎一はなかなか眠れなかった。しかしそれを「恐怖」とは呼びたくなかった。写真家としての好奇心と、かすかな興奮と、そして自分でも認めたくない何か。窓の外で、宇曾利山湖が白く光っていた。

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翌朝、慎一は女将に昨日撮った写真を見せた。女将は老眼鏡をかけてパソコンの画面を一枚ずつ眺め、特に驚いた様子もなく「よく写りましたね」と言った。

「これは何ですか」と慎一は訊いた。「この影。この人のようなもの。」

女将はしばらく黙って最後の写真を見ていた。風車の傍らに、影だけが落ちている写真だった。

「ここに来る人は」と女将はゆっくり言った。「撮ろうとして撮れないものと、撮ろうとしていないのに撮れてしまうものがあります。」

それだけを言って、女将は老眼鏡を外した。慎一がさらに何かを訊こうとすると、女将は「今日も良い天気ですよ」と言って台所に戻った。

慎一は午前中から境内に入った。平日のこの時期、参拝者は数えるほどしかいない。老夫婦が一組、それと、慎一より少し先に歩いていた若い女がひとりいた。黒いコートを着て、手に何も持っていなかった。観光客にしては荷物が少なすぎる。地元の人間にしては、少し歩き方がおかしかった。足音がしないのだ。砂利の上を歩いているのに、その女の足からは何の音も聞こえなかった。

慎一はカメラを構えた。女の後ろ姿を撮った。次の瞬間、女は角を曲がって見えなくなった。慎一は急いで後を追ったが、その先には誰もいなかった。岩場が広がり、硫黄の煙が白く立ち上り、小石の塔だけが並んでいた。

昼に宿に戻り、写真を確認した。黒いコートの女の後ろ姿を撮った写真があった。しかしその女の首から上は、ただの白いもやで覆われていた。ピントが外れているわけではない。コートのひだまではっきり写っているのに、首より上だけが、はっきりと白い。まるで頭部がそこになかったかのように。

慎一の喉の奥で、何かが固まった。

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三日目の朝、慎一は目覚める前から夢を見ていた。

夢の中で、慎一は湖のほとりに立っていた。宇曾利山湖だとわかったのは、その白い水面のせいだった。岸辺に、小石の塔が何百と並び、それぞれの塔の上に風車が刺さっていた。しかしすべての風車は止まっていた。針金で、ではなく、別の何かで。よく見ると、風車の羽根の間に指が挟まっていた。細く青白い、人間の指が。

夢の中で、慎一はカメラを構えた。ファインダーの中に、湖面が広がった。そして湖面の中央に、何かが浮いていた。いや、立っていた。水の上に立って、こちらを向いていた。顔は見えなかった。距離があるからではなく、顔の部分だけが、夢の中でさえ白くぼやけていた。

慎一はシャッターを切った。

その瞬間、目が覚めた。

恐山の残像

体中に汗をかいていた。窓の外はまだ暗く、時計は午前三時を示していた。慎一は水を飲もうと手を伸ばし、枕元のカメラに触れた。そして気づいた。カメラのシャッターカウントが、夢を見る前より二十三枚増えていた。

慎一は震える手でカメラの再生ボタンを押した。

最初の一枚は、天井の写真だった。自分の部屋の、見慣れた天井。次の一枚は、窓の写真。カーテン越しに、外の闇が白く光っていた。次は廊下。部屋のドアが少し開いていて、暗い廊下が奥に続いていた。次は階段。次は宿の玄関。次は外の道。次は山道。次は——

湖だった。

夢の中で見た湖と、全く同じ構図だった。岸辺の小石の塔。止まった風車。そして湖面の中央に、白くぼやけた何かが、確かに立っていた。

慎一は自分が夢遊していたのだと思おうとした。カメラを持って、眠ったまま歩き、湖まで行って写真を撮った。そういうことだと思おうとした。しかし靴は部屋の中で脱いだまま、泥もついていなかった。スリッパも動いていなかった。パジャマに汚れはなかった。

最後の二十三枚目の写真を見たとき、慎一の思考は完全に止まった。

それは自分の寝顔の写真だった。ベッドに横になって眠っている慎一を、真上から、あるいは真横から撮ったものだった。構図は完璧に整っていた。慎一の表情は穏やかで、目は閉じていて、呼吸しているのがわかるような写真だった。

しかし枕元に、細長い影が落ちていた。その影の主は、フレームの外にいた。

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朝食の席で、慎一は女将に全てを話した。夢のこと、シャッターカウントのこと、最後の写真のこと。女将は黙ってお茶を注ぎ、慎一の話を最後まで聞いた後、一度だけ深く息を吐いた。

「去年もいましたよ」と女将は言った。「同じようなことを言う方が。」

「その人は」と慎一は訊いた。

女将はしばらく黙った。「東京に帰られました」と言った後、また少しの間があって「でも連絡が取れなくなりましたね」と続けた。

慎一は今すぐここを出ようと思った。荷物をまとめてレンタカーに乗り、大湊まで戻って、バスで東京に帰ろうと思った。しかし女将が次に言った言葉が、慎一の体を椅子に縫い付けた。

「ここを去った後の方が、出るそうですよ。」

「出る、というのは。」

「写真に」と女将は言った。「ここを離れてからも、撮るものすべてに写るようになる。ここでちゃんと向き合わないと。」

慎一は女将の顔を見た。女将は視線を逸らさなかった。その目には同情も恐怖もなく、ただ何か古くて平らかなものが宿っていた。

「向き合うというのは、どうやって」と慎一は訊いた。

「撮ればいいんですよ」と女将は言った。「ちゃんと正面から。逃げないで。」

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その日の午後、慎一は湖のほとりに立った。

快晴だった。しかし空の青と湖面の白の対比が、昨日よりも鋭く、どこか現実から一枚皮を剥いだような景色だった。慎一はカメラを肩に掛けて、岸辺を歩いた。小石の塔の列が続いた。風車が並んでいた。今日は風車が回っていた。かちかちという乾いた音を立てながら、全部が同じ向きに回っていた。

慎一はカメラを構え、シャッターを切りながら歩いた。人影が写っても、振り返らずに歩いた。影だけが落ちていても、立ち止まらずに歩いた。首から上が白くぼやけた何かが映り込んでも、ファインダーを下ろさずに歩いた。

湖の東端まで来たとき、慎一は足を止めた。

岸辺に、黒いコートの女が立っていた。

後ろ姿ではなかった。こちらを向いていた。

慎一は初めて、その顔を見た。

顔は、あった。

それが何よりも怖かった。

恐山の残像

整った顔だった。三十代くらいの、ごく普通の日本人の女の顔だった。表情は、泣いているのか笑っているのか、あるいはその両方なのか、判断できなかった。ただひとつ確かなことは、その女の目が、慎一のカメラではなく、慎一の顔を見ていたということだった。

慎一はシャッターを切った。

女は消えた。

風が一度だけ強く吹いて、岸辺の風車が全部いっせいに止まった。

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夕方、宿に戻った慎一は、写真を確認した。

黒いコートの女の写真。正面から撮ったその写真には、女の顔がはっきりと写っていた。泣いているのか笑っているのかわからない表情。慎一はその写真を一分以上見続けた後、ある事実に気づいた。

女の背後に、湖が写っていた。

白い湖面の中に、小石の塔が見えた。

その塔のひとつの上に、風車が刺さっていた。

その風車の羽根の隙間に、細く青白い指が絡まっていた。

慎一は拡大した。さらに拡大した。

指は五本だった。しかし関節の数が、人間のそれより一つ多かった。

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その夜、慎一は久美子に電話した。

「元気?」と久美子は言った。「写真、撮れてる?」

「撮れてる」と慎一は答えた。「すごく撮れてる。」

「よかった」と久美子は言った。「声が少し変だけど、大丈夫?」

「大丈夫」と慎一は言った。「明日帰る。」

電話を切った後、慎一はパソコンに向かい、この三日間に撮った写真を全て見直した。最初から最後まで、一枚ずつ。湖の白。岩場の黄色。止まった風車。黒いコートの後ろ姿。天井。廊下。湖面に立つ白い何か。自分の寝顔。そして今日の、正面から撮った女の顔。

全部で百四十七枚。

慎一は全ての写真をひとつのフォルダにまとめ、タイトルをつけた。「恐山、九月」。そして外付けハードディスクにバックアップを取り、パソコンを閉じた。

眠れなかった。しかし今夜は、夢は見なかった。

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翌朝、慎一は宿を発った。女将が玄関まで見送りに来た。慎一は礼を言い、また来ますと言った。女将は「どうぞ」と言ったが、その表情は何かを含んでいた。

「ひとつ聞いていいですか」と慎一は言った。「去年ここに来た人。連絡が取れなくなったと言っていましたが、それは——」

「写真家さんでした」と女将は言った。「あなたと同じくらいの年の。カメラを置いていかれました。ここに。」

「置いていった?」

恐山の残像

「どうしても持って帰れないと言って。」女将は少し間を置いた。「でも写真だけは持って帰られました。」

慎一はその意味を考えようとしたが、うまく考えられなかった。レンタカーのエンジンをかけ、山道を下り始めた。バックミラーの中に、宿の白い壁が小さくなっていった。

恐山街道を抜け、平地に出て、大湊に向かう県道に入ったとき、慎一は助手席のカメラバッグの中に手を入れた。カメラを取り出そうとした。

しかしバッグの中に、カメラが二台あった。

慎一は道路の端に車を止めて、バッグの中を確認した。自分の黒いカメラ。そしてもう一台。型は古く、ボディが黄ばんでいた。ストラップに、誰かの名前を書いた小さなテープが貼ってあった。テープは日焼けして文字が滲み、読めなかった。

慎一は古いカメラを取り出して、電源を入れた。

バッテリーが残っていた。

再生ボタンを押すと、写真が表示された。

一枚目。東京の、どこかの住宅街の写真だった。

二枚目。部屋の中。生活感のある普通の部屋。

三枚目。誰かの寝顔。

慎一は画面を見つめた。その寝顔には見覚えがあった。

それは自分の顔だった。

昨夜、自分のカメラに撮られていた、あの寝顔と、全く同じ構図で。

しかしこのカメラは昨夜、慎一の部屋になかった。

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慎一は長い時間、車の中に座っていた。窓の外で、下北の秋風が枯れ草を揺らしていた。空は高く、青く、何も映していなかった。

やがて慎一は古いカメラを助手席に置き、自分のカメラを取り出した。ファインダーを目に当て、外の景色を見た。枯れ草。空。遠くに見える山の稜線。

何も写っていなかった。

慎一はシャッターを切った。

カメラが、静かに、一枚を記録した。

東京に戻ってから、その写真を確認したのは三日後だった。

枯れ草。空。山の稜線。そして右端に、黒いコートを着た人影の背中が、小さく写っていた。

慎一はその写真をフォルダに追加した。「恐山、九月」。百四十八枚目。

次の日、また一枚増えていた。

慎一は写真を開かなかった。開けなかった。しかしフォルダのサムネイルには、部屋の中で撮られたと思しき薄暗い写真が表示されていた。

ベッドに眠る人間が、一人。

そしてその枕元に、細長い影が落ちていた。

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