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AI カイダンボット 日本語 原作

影なき顔

AI AI 生成の創作フィクションです(音声・画像も AI 生成)。実在の出来事・人物・団体・場所とは無関係です。

影なき顔

谷中に越してきたのは、三月の末のことだった。

田端駅から歩いて十分ほど、谷中霊園の北側に沿って細い路地が走っており、その奥に木造二階建ての古い借家がある。家賃は相場の半分以下で、不動産屋の男は「築八十年ですが、しっかりした造りです」と言うだけで、それ以上のことは何も説明しなかった。三十二歳の私——写真家の水野遼——は、仕事の不調と離婚の後始末に疲れ果てており、安さと静けさだけを求めていた。谷中はその両方を与えてくれそうだった。

引っ越しの日、軽トラックの運転手は荷物を運び終えると、路地の入口で立ち止まり、奥の家をちらりと見て「大変ですね」とつぶやいた。何が大変なのか聞こうとしたが、彼はもうエンジンをかけていた。私はそのひとことを、東京の職人特有の愛想のなさだと解釈して、すぐに忘れた。

春の谷中は美しかった。霊園の桜は満開で、花びらが路地にまで舞い込んできた。谷中銀座の商店街には猫が歩き、古道具屋の軒先には昭和の看板が並んでいた。朝は豆腐屋のラッパの音で目が覚め、夕方は寺の鐘が響いた。私はカメラを持って路地を歩き回り、光と影の具合を確かめながら、ここに来て正解だったと思っていた。隣近所の人々も、最初は少し警戒した様子だったが、私が挨拶を続けるうちに、少しずつ顔をほぐしてくれた。

ただ、ひとつだけ気になることがあった。

私の借家の向かいに、同じような木造の古い家がある。表札はなく、雨戸が常に閉まっており、郵便受けには郵便物がびっしりと詰まっていた。庭の植え込みは伸び放題で、空き家か廃屋のように見えた。しかし夜になると、時折、その家の二階の雨戸の隙間から、ほんのわずかな光が漏れることがあった。街灯の反射かもしれない。あるいは月の光が何かに反射しているだけかもしれない。私は最初、それほど気にしていなかった。

四月に入ると、私は谷中での生活に慣れ始めた。仕事の依頼も少しずつ戻ってきて、雑誌社から路地裏の風景を撮影する仕事が来た。谷中、根津、千駄木の路地を一週間かけて歩き回り、古い塀や石畳、苔むした階段、猫の目線で撮った路地の奥行きなどを撮影した。谷中霊園の中も撮った。古い墓石が並ぶ間に枝垂れ桜が咲き、光と影が複雑に交錯する、写真家として申し分のない被写体だった。

その仕事の最終日の夕方、霊園から帰る途中、私は向かいの家の前に人影を見た。

老婆だった。年齢は八十代か、あるいはそれ以上か。着物を着ており、白髪を後ろに束ねていた。郵便受けの前に立ち、中の郵便物をひとつひとつ取り出して、じっと眺めていた。私が「こんにちは」と声をかけると、老婆はゆっくりと振り返った。その顔を見て、私は一瞬、言葉を失った。表情がなかったのだ。笑いもせず、驚きもせず、怒りもせず、ただ何かを見るような目で私を見た。

「向かいに越してきた水野と申します」と私は続けた。

老婆はしばらく私を見てから、「そうですか」とだけ言い、また郵便物に目を落とした。私は少しの間待ったが、それ以上何も言わないので、会釈をして家に入った。その夜、向かいの家の二階の雨戸の隙間から、また光が漏れていた。今夜はいつもより少し強く、はっきりと。

翌日、私は近所の古道具屋の主人——六十代の体格のいい男で、名を田村といった——に向かいの家のことを聞いてみた。田村は手を止め、しばらく間を置いてから言った。「ああ、あそこ。砂田さんのお宅ですよ。ずいぶん前に旦那さんが亡くなって、今は奥さんがひとりで住んでるらしいんですが……」と言いかけて、田村は言葉を切った。「まあ、深く関わらないのが一番ですよ」と彼は言い、また作業に戻った。

深く関わらない、という言葉が、そのあと何日か頭の中に引っかかっていた。

五月の連休が終わったころ、私は向かいの家の前に、また老婆——砂田の老婆——が立っているのを見た。今度は夕方ではなく、朝の七時過ぎだった。老婆は家の前の路地を見ており、私の家の方向ではなく、路地の突き当たり、つまり霊園の方を向いていた。その立ち姿が不自然だった。背筋が妙に真っ直ぐで、まるで棒を飲み込んだように、微動だにしない。私はカーテンの陰からその姿を眺めながら、どれくらいの時間が経ったか——気がつくと、四十分以上が過ぎており、老婆はまだ同じ場所に同じ姿勢で立っていた。

私はカメラを持って窓に近づき、ファインダーを覗いた。

ファインダーの中の老婆は、路地の突き当たりを向いていた。しかし、その顔が——私の位置からは側面しか見えないはずだった。なのに、なぜかファインダーを通して見ると、老婆の顔が正面を向いているように見えた。こちらを向いているように見えた。私はファインダーから目を離し、もう一度直接目で見た。やはり横顔だ。ファインダーを覗く。正面を向いている。

私はシャッターを切らなかった。なぜかは分からない。ただ、切ることができなかった。

その日の午後、私は近所の別の住人——路地の手前に住む七十代の女性で、名を木下さんといった——にさりげなく話を向けた。木下さんは谷中に五十年以上住んでおり、この界隈のことを何でも知っていた。砂田の老婆の話をすると、木下さんは急に声を低くした。「あのね」と彼女は言った。「砂田さんのお宅、旦那さんが亡くなったのはもう十年以上前なんですけど……奥さん、それからずっとああなのよ。毎朝あの時間に立って、霊園の方を見てる。何年も前からずっとね。雨の日も、真冬も」

「毎朝ですか」と私は言った。

影なき顔

「毎朝。でも、あたしが気になるのはそこじゃないのよ」と木下さんは続けた。「あの家、子どもが来るようになってからが、おかしいのよ」

子ども、という言葉が、私の中で何かに引っかかった。

「子どもですか」

「ええ。ここ一年ぐらい、夜になると、あの家の前に子どもが立ってるの。七、八歳ぐらいの子。でも誰の子か分からないし、砂田さんにお子さんはいないし、孫もいないはずなのよ。近所の子でもないし……」と木下さんは言い、急に表情を変えた。「あたし、もうこの話はやめましょ。ごめんなさいね」

その夜から、私は意識して向かいの家を見るようになった。

五月の中旬、夜の十一時過ぎ、私は仕事のデータを整理しながら、ふと窓の外に目をやった。向かいの家の前の路地に、人影があった。小さな人影だった。

子どもだ、と私はすぐに分かった。七、八歳くらいの、細い体の子どもが、向かいの家の門の前に立っていた。半袖のシャツと短パン。五月の夜にしては薄着すぎる格好だった。子どもは動かず、家の前に立っているだけだった。私は窓を少し開け、「おい」と声をかけた。子どもは動かなかった。「こんな時間にどうした」と私はもう少し大きな声で言った。子どもはゆっくりと振り返った。

街灯の光の中で、その顔が見えた。

顔が、ない、と私は思った。正確には顔がないわけではない。目も鼻も口もある。しかし、その顔には影がなかった。光が当たっているのに、凹凸がつくるはずの影が一切なかった。平らな顔だった。紙に顔を描いたような、完全に平らな顔。

私は窓を閉めた。鍵をかけた。そして一歩も動けなくなった。

どれくらい時間が経ったか分からない。やがて震える足を動かして窓の外をもう一度見ると、路地には何もなかった。子どもはいなかった。向かいの家の雨戸の隙間から、光が漏れていた。いつもより強い光が。

翌朝、私は田村を訪ねた。砂田の老婆の夫について、もう少し詳しく聞きたかった。田村は最初、話したがらなかったが、私が粘ると、重い口を開いた。「砂田の旦那さんはね、霊園で亡くなったんですよ。自分で、ね。早朝に」と田村は言った。「奥さんが気づいた時にはもう……。で、それから奥さんがああなった。毎朝同じ時間に、同じ場所に立って、旦那さんが歩いていった方向を見てる。もう十三年ですよ」

「子どもについてはどうですか」と私は聞いた。

田村は顔を上げた。「子どもって、誰から聞いたんですか」

「木下さんから少し」

田村はしばらく黙っていた。「砂田さんのところに、昔、子どもがいたんですよ。息子さんが。でも小さいうちに亡くなった。それも霊園で、夜中に迷い込んで……もう四十年以上前の話ですけどね」

影なき顔

私は帰り道、霊園の前を通った。昼間の霊園は観光客も多く、猫が墓石の上で昼寝をしていた。しかし私には、その光景が以前と同じように見えなかった。墓石と墓石の間の影が、深すぎるように感じられた。昼間の光の中に、夜の暗さが染み込んでいるような感覚だった。

その夜、私は眠れなかった。

夜中の二時すぎ、また窓の外を見た。路地に、子どもが立っていた。今夜は向かいの家の前ではなく、私の家の門のすぐ前に立っていた。同じ格好、同じ姿勢。そして同じ、影のない顔。

子どもはこちらを向いていた。最初から、こちらを向いていた。

そして子どもの隣に、老婆が立っていた。砂田の老婆が、着物姿で、子どもの肩に手を置いて立っていた。老婆の顔もまた、街灯の光の中で影がなかった。ふたりとも、まったく動かなかった。

私は窓から離れ、寝室に入り、布団を被った。

次の日の朝、私は東京を出ようと思った。友人の家に泊まるか、ホテルに入るか、とにかく一度ここを離れようと思った。しかし荷物をまとめながら、私はある感覚に気づいた。昨夜の恐怖は確かに本物だった。しかし今、荷物を詰めながら感じているのは恐怖だけではなかった。何か別のものが混じっていた。

悲しみ、と言えばいいのか。

十三年間、毎朝同じ場所に立ち、夫の消えた方向を見続ける老婆のことを考えた。四十年以上前に霊園で死んだ息子のことを考えた。そしてあの、影のない子どもの顔のことを考えた。影がないということは、どういうことだろうか。現実の光を受けるだけの実体がない、ということではないか。

私はカメラを手に取った。

合理的な判断ではなかった。後から考えれば、あれは正気の行動ではなかったかもしれない。しかし私は写真家であり、私にとって「見る」ということは「理解する」ということに等しかった。私はカメラを持って家を出た。向かいの家の前に立った。門の前に立ち、ファインダーを家に向けた。

ファインダーの中に、老婆が見えた。

老婆は玄関の前に立っていた。ファインダーの外では何も見えないのに、ファインダーを通して見ると、老婆が玄関に立っているのがはっきりと見えた。そして老婆の横に、あの子どもがいた。子どもは老婆の手を握っていた。ふたりは路地のこちら側——つまり私のいる方向——を見ていた。

老婆の顔に、初めて表情があった。

笑っていた。

泣きながら笑っているような、あるいは長い時間をかけてようやく何かを見つけたような、そういう顔だった。私はシャッターを切った。一枚だけ。

ファインダーから目を離すと、玄関の前には何もなかった。

その日の夕方、私は田村の店に行き、撮った写真を見せた。スマートフォンの画面に映した一枚の写真。田村は画面を見て、長い間何も言わなかった。

影なき顔

「これ……」と彼はようやく口を開いた。「この子、砂田さんの息子さんに似てる。昔、砂田さんが見せてくれた写真があって……年齢もそのくらいで、着てるもんも……」

「砂田さんは今日、どこにいますか」と私は聞いた。

田村はまた黙った。「実はね、今朝、救急車が来てたんですよ。砂田さんが倒れたって。老衰だって話だけど、病院に運ばれて……意識はあるみたいですが」

私はその夜、向かいの家を見た。雨戸は閉まっており、光は漏れていなかった。初めて光が漏れていなかった。路地は静かで、猫が一匹、塀の上を歩いていた。

翌朝、私は習慣になりかけていた時間——朝の七時過ぎ——に窓の外を見た。向かいの家の前の路地に、老婆の姿はなかった。当たり前だ、入院しているのだから。しかしその空白が、いつもそこに立っていた人間の形の穴のように、路地にぽっかりと開いているように見えた。

三日後、砂田の老婆が病院で亡くなったと田村から聞いた。

葬儀は近所で静かに行われた。親族はほとんどなく、近所の住人が数人集まっただけだった。木下さんが「長い間、大変だったんでしょうね」とつぶやいた。私は何も言わなかった。

老婆が亡くなってから一週間、私は向かいの空き家を毎朝見た。光は一度も漏れなかった。路地に人影が立つことも、なかった。

それから私は谷中に住み続けた。仕事は戻ってきて、路地裏の写真集の話も進んだ。春が過ぎ、夏が来て、霊園の木々が濃い緑に変わった。

あの日撮った一枚の写真は、まだカメラの中にある。パソコンに取り込んでいない。プリントアウトもしていない。ただカメラの中に入ったまま、私の机の上にある。

時々、その写真をカメラの小さな液晶画面で見る。

老婆と子どもが、玄関の前に立っている。ふたりは笑っている。しかし写真を見るたびに、私はある違和感を覚える。最初に見た時は気づかなかったことだが、写真の中の、老婆と子どもの立っている玄関の奥——薄暗い三和土の奥に、もうひとつ、人影がある。

背の高い、男の人影が。

こちらを向いて、待っているような姿勢で、立っている。

私はいつも、そこで液晶画面から目を離す。カメラを机に戻す。そして窓の外の路地を見る。向かいの空き家の雨戸は、今日も閉まっている。

光は、漏れていない。

今のところは。

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