AI カイダンボット 日本語 原作

運河の底に待つもの

AI AI 生成の創作フィクションです(音声・画像も AI 生成)。実在の出来事・人物・団体・場所とは無関係です。

運河の底に待つもの

十月の末、小樽に着いたとき、空はすでに鉛色に沈んでいた。

石狩湾から吹き込む風は塩と錆の匂いを孕み、運河沿いの石畳をなめるように流れていた。私——写真家の遠藤誠二、三十七歳——は東京の編集部から依頼された「北海道の廃景」という写真集の仕事で、この街に三週間滞在する予定だった。宿は運河のすぐそばに建つ古い石造りの宿泊施設で、もとは明治期の倉庫を改装したものだという。壁の煉瓦は黒ずんでいて、窓枠の木は飴色に変色していた。フロントの老婆は私の名前を台帳に書き込むとき、ペンを持つ指がわずかに震えていた。気にも留めなかった。ただの老いだと思った。

運河は美しかった。それは否定しようのない事実だ。

夕暮れどきに石畳の遊歩道を歩くと、水面がオレンジと紫の光を吸い込んで、まるで溶けた金属のように揺れた。石造りの倉庫群が水に映り、その輪郭は夢の中の建物のように輪郭が曖昧だった。私はカメラを構え、何十枚もシャッターを切った。観光客はすでに少なく、ほとんどの人は夕食のために街の中心部へ戻っていた。運河べりに残っているのは、私と、数羽の鴎と、それから——後から振り返ってみれば——もう一人の人影だった。

その人影を最初に見たのは、中央橋の手前だった。

運河の北端、倉庫群が途切れる手前の場所に、女が立っていた。黒いコートを着て、水面を見つめていた。後ろ姿しか見えなかったが、長い黒髪が風に揺れることなく、まるで濡れた布のように背中に貼り付いていた。私はその佇まいが絵になると思い、カメラを向けた。ファインダー越しに見ると、女の輪郭が妙にぼやけて見えた。レンズの問題かと思ってピントを調整したが、女の部分だけが、どうしても鮮明にならなかった。シャッターを切らずにカメラを下ろすと、女はもういなかった。

その夜、宿の部屋で撮影した写真を確認した。中央橋付近の写真を見ると、女が立っていたはずの場所には何も写っていなかった。石畳と水面と、暗くなりかけた空だけだった。

翌朝、私は早起きして運河の朝を撮ろうとした。

霧が出ていた。小樽特有の、日本海の湿気が街に流れ込んでくる濃い霧だ。倉庫の壁も石畳も、すべてが白い綿に包まれたようにぼやけ、五メートル先が見えなかった。それでも光の質は素晴らしく、私は遊歩道を南へ向かって歩きながらシャッターを切り続けた。

浅草橋に差し掛かったとき、水音が聞こえた。

雨ではない。波でもない。規則的な、何かが水を叩くような音だ。私は欄干から水面を覗き込んだ。霧のせいで水面はよく見えなかったが、音は確かに聞こえた。ぱちゃ、ぱちゃ、という、子供が手で水を叩くような音。それが霧の中から聞こえてくるのだが、音の方向が定まらなかった。左から聞こえたと思えば右から、右から聞こえたと思えば真下から。私は息を詰めて聞いていたが、やがて音は止んだ。霧だけが残った。

宿に戻ると、フロントの老婆が私を見て、何かを言いかけて止めた。

「なんですか」と私が聞くと、老婆は「いえ」と首を振り、台帳に視線を落とした。私は気になって続けた。「運河で変な音を聞いたんですが、あそこは何かあるんですか」老婆は顔を上げず、ゆっくりと言った。「水の音は、いろんなものが鳴らします」それだけだった。

三日目から、私は運河の南側、かつての製材所跡や石炭の荷揚げ場があった地区を歩くようになった。

観光客のほとんどは北側の倉庫群に集まるが、南側は整備が行き届いておらず、石畳も歪んで草が生えていた。倉庫の中には廃棄されたままのものもあり、扉の隙間から内部の暗闇が覗いていた。まさに私が探していた「廃景」だった。私は夢中になって撮影した。

その日の午後、私は一棟の古い倉庫の前で立ち止まった。

外壁の煉瓦に、何かが書いてあった。落書きではない。煉瓦そのものに、ひっかき傷のような文字が刻まれていた。近づいて見ると、それは名前だった。いくつもの名前。読めないものも多かったが、かろうじて読めるものは、すべて女の名前のようだった。ハナ、トメ、ヨシ、キク——明治か大正の時代の名前だ。私はその壁を撮影した。後で調べようと思いながら、そのまま宿に戻った。

その夜、私は夢を見た。

運河の底にいる夢だった。上を見ると、水面が遠く、街の灯りがゆらゆらと揺れていた。冷たくはなかった。息苦しくもなかった。ただ、底に私以外の何かがいた。暗くて形は見えなかったが、それがそこにいることはわかった。そして、それは私を見ていた。視線というよりは、重さだった。水圧のような重さが私の体を押さえつけていた。目が覚めると、窓の外から運河の水音が聞こえた。

四日目の朝、私は宿の近くの古い書店に立ち寄った。

運河沿いの雑居ビルの一階にある小さな店で、店主は白髪の男だった。私は小樽の歴史に関する本を探していると言うと、店主は棚の奥から一冊の薄い冊子を出してきた。「小樽運河沿い産業史補遺」という、自費出版のようなものだった。パラパラとめくると、製材所や石炭港の歴史とともに、「河岸労働者の生活」という章があり、そこに短い記述があった。

明治末期から大正初期にかけて、運河の荷揚げ場には多くの女性労働者がいた。彼女たちは石炭や木材の仕分けをする単純労働に従事していたが、過酷な条件と貧困の中で多くが若くして亡くなった。一部は運河に身を投じたとも伝えられるが、記録は乏しい。地元では「水の女」と呼ぶ者もいたという。

私は冊子を購入し、宿に戻った。

その夜から、女の影を毎晩見るようになった。

運河の底に待つもの

必ず夕暮れから夜にかけて、運河べりのどこかに立っていた。黒いコートではなく、暗い色の着物のようなものを着ていることもあった。近づこうとすると消えた。カメラを向けると写らなかった。距離を置いて観察しようとすると、女は決して私の方を向かなかった。常に水面を見ていた。

六日目の夜、私は初めて女の顔を見た。

中央橋の上から水面を撮影していたとき、橋の下の水面に女の顔が映った。上を向いた、白い顔だった。私は反射的に下を向いたが、水面には何も映っていなかった。橋の上にも、周囲にも、誰もいなかった。ただ、その顔の表情が、頭から離れなかった。悲しいわけでも、怒っているわけでもなかった。ただ、何かを待っているような顔だった。飢えた、という言葉が浮かんだが、食物への飢えではなかった。もっと根源的な、存在そのものへの飢えのような表情だった。

七日目に、私は宿の老婆に話を聞こうとした。

夕食の後、フロントに戻った老婆に声をかけた。「運河に、女が出るというのは本当ですか」老婆は長い間、私を見ていた。それから言った。「出る、というよりは、居る、と言うべきでしょうね」「居る、とは」「彼女たちは、ここを出ていないんですよ。出る場所がないから」私はその意味を問い返そうとしたが、老婆は台帳を閉じて奥に引っ込んでしまった。

八日目の朝、撮影した写真を見ていて、私は気づいた。

三日目以降に撮った写真の中に、必ず同じものが写っていた。水面だ。運河の水面を撮った写真ではなく、倉庫の壁を撮った写真にも、石畳を撮った写真にも、空を撮った写真にも、画面のどこかに黒い、水面のような模様が入っていた。最初は汚れかレンズのゴーストかと思ったが、違った。それは毎回、画面の下三分の一のあたりに現れ、少しずつ——日を追うごとに——上へと広がっていた。

私はカメラを分解して清掃し、レンズを交換した。だが翌日撮った写真にも、同じ模様が写っていた。

九日目の夕方、私は南側の廃倉庫の前に戻った。

あの名前が刻まれた壁の前に立ち、改めて撮影した。夕陽が石畳を赤く染め、倉庫の影が長く伸びていた。撮影を終えてカメラを下ろしたとき、倉庫の扉が内側からゆっくりと開いた。

風のせいかもしれない。私はそう思おうとした。

だが扉は、その日の風の方向とは逆に開いていた。内側から押されるように。

私は扉の前に立ち、暗い内部を見た。倉庫の中はがらんとしていて、床に古い木材が散乱していた。天井に穴が開いていて、夕陽が細い光の筋になって差し込んでいた。その光の中に、埃が舞っていた。いや——埃ではなかった。舞い方が違った。埃は乱雑に動くが、その粒子は、ゆっくりと、規則的に、渦を巻いていた。まるで水の中のように。

私は一歩踏み込み、カメラを構えた。

シャッターを切ろうとした瞬間、倉庫の奥に、何かが見えた。

積み重なった木材の向こうに、人が立っていた。黒い着物の、女だった。背中を向けていた。黒髪が、風もないのに揺れていた。私は息を止めた。女はゆっくりと振り返り始めた。

私はカメラを下ろして倉庫を出た。走った。石畳で躓きそうになりながら、中央橋まで走った。橋の上で立ち止まり、振り返ると、倉庫の扉は閉まっていた。

その夜、私は宿の部屋で撮影した写真を開いた。

倉庫の内部を撮った写真が三枚あった。一枚目は木材と埃の光の筋。二枚目は同じ構図だが、奥に人影のようなものが写っていた。三枚目は——私は画面を見て、しばらく動けなかった。

三枚目に、女の顔が写っていた。

振り返りかけた顔。目が、こちらを向いていた。だがその目は、普通の目ではなかった。黒目がなかった。白目だけの、二つの白い楕円が、画面の中でこちらを見ていた。そして顔の半分が——水に濡れていた。髪も、着物の肩も、すべてが濡れているように見えた。水が滴っているように見えた。

私はすぐに東京の編集部に電話をかけ、体調不良を理由に撮影を中断することを告げた。翌日の始発で小樽を出るつもりだった。荷物をまとめながら、私はその写真を何度も見た。見るたびに、女の顔の表情が——変わっているように思えた。

運河の底に待つもの

最初は何かを待っているような表情だった。それが、二度目に見たとき、わずかに口が開いているように見えた。三度目に見たとき、その口は——笑っているように見えた。

私は写真を削除した。

翌朝、四時に目が覚めた。

窓の外は真っ暗で、運河の水音が聞こえた。荷物はすでにまとめてある。宿を出るまであと二時間ある。私はベッドの中で横になったまま、天井を見ていた。

水音が大きくなった。

いや、違う。水音が近くなった。宿の外ではなく、廊下から聞こえていた。ぱちゃ、ぱちゃ、という音。浅草橋で聞いたあの音と同じ、何かが水を叩くような音。それが廊下を近づいてくる。

私は身動きできなかった。

音は部屋の前で止まった。扉の下の隙間から、光が漏れていた。廊下の蛍光灯の白い光ではなく、黒い光とでも言うべき、光の欠如のようなものが、隙間から這い込んできた。そしてその隙間から、水が流れ込んできた。

ほんの少しだった。扉の下から、黒い水が一筋、部屋の中に入ってきた。床の木目に沿って、私のベッドへと向かって流れてきた。

私はベッドから飛び起き、荷物を抱えて部屋を出た。

廊下には誰もいなかった。水も、なかった。

フロントに向かうと、老婆がいた。こんな時間に、台帳を前にして座っていた。私が荷物を持って現れると、老婆は驚いた様子もなく、「お早いですね」と言った。「出ます」と私は言った。「始発まで、どこかで時間を潰します」老婆はうなずいた。私は精算を済ませ、外に出ようとしたとき、老婆が声をかけた。

「遠藤さん」

私は振り返った。

「彼女たちは、名前を覚えてもらいたいだけなんですよ」老婆は静かに言った。「長い間、誰にも呼ばれなかった名前を」

私は何も言えなかった。

宿を出ると、運河に霧が立ち込めていた。石畳は濡れていて、街灯の光が水たまりに揺れていた。私は駅に向かって歩き始めた。早歩きで、石畳の凹凸に気をつけながら。

中央橋を渡るとき、私は水面を見ないようにした。

だが橋の半ばまで来たとき、どうしても見てしまった。

水面は静かだった。霧の中で、黒く光っていた。そこには何も映っていなかった。いや——映っていたのは、私の顔だけだった。私の顔と、その背後に、霧の中にぼんやりと、何かの輪郭が。

私は走った。

小樽駅のホームで始発を待ちながら、私はカメラのメモリーカードを取り出した。削除したはずの写真のことが頭を離れなかった。私はカメラをバッグに仕舞い、メモリーカードを握りしめたまま、電車を待った。

運河の底に待つもの

東京に戻ってから、私はそのメモリーカードを引き出しの奥にしまった。開かなかった。一週間、二週間、一ヶ月。仕事はこなした。別の撮影の依頼をこなし、飯を食い、眠った。

だが夢を見るようになった。

運河の底の夢ではなく、もっと具体的な夢だ。煉瓦の壁に刻まれた名前の夢。ハナ、トメ、ヨシ、キク。暗い倉庫の中で、その名前を誰かが呼んでいる。呼んでいるのは、私だ。夢の中で、私は倉庫の奥に向かって、一つ一つ名前を呼んでいる。そのたびに、暗闇の中で何かが動く気配がした。

三ヶ月後の正月、私は引き出しを開けた。

メモリーカードをカメラに差し込み、電源を入れた。削除した写真は、当然、もうなかった。だが——カードの中に、見覚えのない写真が一枚、残っていた。

撮影日時は、私が小樽を発った朝の四時十七分になっていた。

その時間に私はベッドから逃げ出して廊下を走っていたはずで、カメラはバッグの中に入っていた。シャッターを切った記憶はない。

写真は、私の宿の部屋を写していた。

ベッドが写っていた。私が寝ていたベッド。そのベッドの上に、女が座っていた。黒い着物で、長い黒髪で、こちらを向いていた。その顔は——今度は、はっきりと見えた。

目があった。黒い、普通の目があった。

ただその表情が、私には理解できなかった。悲しくも怒ってもいない。笑ってもいない。ただ、静かに、何かを見つめていた。その視線の先は、カメラではなかった。女の目は、カメラより少し上、ファインダーの外側を見ていた。

女が見ていたのは、カメラを持っていたはずの誰かだった。

私はその写真を閉じた。

閉じてから、ゆっくりと気づいた。

あの夜の四時十七分、私は部屋を飛び出していた。カメラはバッグに入っていた。誰もカメラを持っていなかった。

では、誰がシャッターを切ったのか。

私はもう一度、写真を開いた。女の視線の先をもう一度確認しようとした。

だがそのとき、ふと思った。写真の中に、もう一つ何かが映っているのではないか。女の背後、窓の外。霧に霞む運河と、石畳と——

そこに映っていたものを見て、私はカメラを閉じた。

それ以来、私は運河のある街に行っていない。どこの街でも、水辺には近づかないようにしている。夢は続いているが、慣れた。問題は夢ではなかった。

問題は、あの写真の窓の外に映っていたものが、私には見覚えがあるということだ。

それは私の顔だった。

外から、窓越しに、部屋の中を覗いていた。

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