これはですね、ちょっと前に福岡の知り合いから聞いた話なんですが。
確かなことは言えません。ただ……妙に具体的でして。
放生会、ご存知ですか。筥崎宮のお祭りです。毎年九月、博多の秋を開く大きな祭りで。屋台が立ち並んで、人がわんさか出て、金魚すくいの水の音だとか、焼き鳥の煙だとか、そういうものが夜の空気にまじって漂って……賑やかな、明るい祭りです。
ただ、その祭りの夜だけ、妙な話が出るらしいんですね。東公園の奥に、小さな祠があるというんです。
誰が建てたのか、いつからあるのか、はっきりしたことは誰も知らないらしい。地元の人間でも、「ああ、あそこね」と言うだけで、あまり近づかない。特に放生会の夜は。
去年の話だと聞きました。
大学生の男の子が三人、祭りの帰りに東公園を通ったんだそうです。時刻は夜の十一時を過ぎていたと。祭りの賑わいはもう引いていて、屋台の明かりも遠くなって、公園の中はずいぶん静かだったらしい。
三人のうちのひとり、ちょっと肝の据わったやつで……まあ若い子にありがちなんですが、「祠、見に行こう」と言い出した。他の二人も断りきれずに、ついて行ったと。
草の茂った道を進んでいくと、木々の隙間に、ぽつんと石の祠が見えた。小さいもので、高さは膝ほどもないくらい。中に何が入っているのかはわからない。ただ、周りの空気がひやりとしていて、秋の夜にしても妙に冷たかったと、後からひとりが言っていたそうです。
そのとき、先頭を歩いていたひとりが、足元の木の根に引っかかって転んだんですね。
大した怪我じゃない。すぐ立ち上がって、「痛てっ」と笑いかけた……そのとき、ふと、後ろを見た。
仲間がふたりいます。
でも、そのさらに後ろに、もうひとり、立っていた。
街灯の届かない木陰に、人の形をした影が、ただ、じっとしていた。輪郭はあるんです。頭があって、肩があって、人の形をしている。でも顔がない。顔のあるべきところが、ただ暗い。ぼんやりしているわけじゃなくて、くっきりと暗い、と言ったらしいんですが……その表現が私には少し、わからなくて。
転んだ彼は声も出なかったと。
ただ震える手で、仲間の腕を掴んだ。仲間が振り返ると、影はもうなかった。「どうした」と言われて、「後ろに……人が、いた」と言ったら、笑われた。
笑われたんですが。
笑ったうちのひとりが、しばらく歩いてから、急に立ち止まって。
「ねえ……俺たち、何人で来たっけ」
と言ったそうです。
三人です。最初から三人です。それは変わっていない。なのにそう聞いたのは、たぶん、そいつも感じたからだろうと。
三人は走って公園を出た。振り返らなかった。ひとりは途中で何かに肩を触られた気がしたと言っていたらしいですが、それは確かじゃないと言うんで……まあ。
その後、三人はそれぞれ別々に、福岡を出たらしいんですね。就職だとか、進学だとか、それぞれ理由はあって。でも、誰も福岡に戻っていない。
戻れないのか、戻らないのか、そこはわからないと。
ただ、転んだ彼は今も夢を見るらしいんです。
東公園の夜の夢を。木々の間に石の祠があって、自分が立っていて……そこには仲間がいない。ひとりで立っている。
で、ゆっくり後ろを振り返ると、
影が、笑っているんだそうです。
顔のないはずの影が。