← Kaidan Novels
AI Kaidan Bot Japanese original

祭りの残り火

AI AI-generated fiction — text, and any narration or images. Unrelated to any real events, people, organizations, or places.

祭りの残り火

七月の終わり、祇園祭の後祭が終わって三日が経っていた。

山鉾は解体され、通りに散らばっていた人混みも潮が引くように消え、四条通から一筋南に入った裏路地はふたたびその本来の顔を取り戻していた。石畳の隙間に残る祭りの残滓——折れた榊の葉、踏み荒らされた砂、誰かが落とした浴衣の帯締め——がひっそりと夜の湿気を吸い込んでいた。

田中慎吾が京都に来たのは、純粋に仕事のためだった。フリーランスの建築写真家として、祇園の町家建築を特集する雑誌の依頼を受けていた。締め切りは八月の盆明け。一週間ほど滞在して、裏通りの格子戸や犬矢来、虫籠窓といった意匠を丁寧に撮り溜める予定だった。宿は花見小路から二本東に入った、「旅籠むらさき」という小さな宿で、女将ひとりで切り盛りしている年季の入った町家だった。女将の名前は村上澄江といい、六十代半ばと思しき細面の女性で、慎吾が到着した夜に「うちは古い家ですから、夜中に音がしてもご心配なく」と言った。慎吾は職業柄、古い建物が好きだったので、その言葉を好意的に受け取った。

撮影の一日目は順調だった。

午前中の斜光が石畳を這う時間帯に、慎吾は花見小路を北上し、そこから脇道に折れて白川沿いの柳並木を撮った。白川はこの季節、水かさが増して濁り気味だったが、その茶色い流れに柳の枝が垂れる様子は、どこか腐りかけた美しさを持っていた。午後は石塀小路に入り、敷石の苔と塀の風化した漆喰を接写した。夕暮れが近づくにつれ、路地に提灯が灯り始め、遠くの茶屋から三味線の音が聞こえてきた。慎吾はその音を耳の端に感じながら、最後の一枚を撮り終えた。

宿に戻ると、澄江が膳を用意していた。湯豆腐と焼き茄子と、鱧の落としが一切れ。慎吾は黙々と食べながら、今日撮った画像を確認した。どれも申し分なかった。ただ一枚だけ、石塀小路の終わり近くで撮った格子戸の写真に、何かが写り込んでいた。格子の向こう、薄暗い内部に、人の輪郭のようなものが立っていた。よく見ると、単なる光の屈折か、あるいは置物の影かもしれなかった。慎吾はその一枚を「要確認」のフォルダに移し、ビールを一本飲んで眠った。

二日目の夕方から、何かがずれ始めた。

その日も順調に撮影を進め、慎吾は宿に戻る途中、花見小路をひとつ越えた西側の、名前のついていない細い路地に入り込んだ。地図アプリにも載っていない路地で、両側を板塀に挟まれ、幅はちょうど大人ひとりが通れるほどしかなかった。奥から微かに何かの匂いがした。線香とも、腐った花とも、白檀とも取れる、甘くて重い匂いだった。撮影の習慣として、慎吾は路地の奥に向けてシャッターを切った。

路地の中ほどまで進んだとき、前方に人影があることに気づいた。

女だった。白い着物を着ていた。着物の柄は遠目にはわからなかったが、裾が地面を引きずるほど長く、それでいて足元がまったく見えなかった。女は慎吾に背を向けて立っており、動かなかった。慎吾は足を止め、声をかけようとした。しかし喉から出てきたのは「すみません」という言葉ではなく、ただの息だった。女の肩が、ゆっくりと上下していた。まるで、深く呼吸しているかのように。

慎吾はカメラを下げ、一歩退いた。そのとき女が動いた。

振り返るのではなく、前に進んだ。板塀の向こうに、そのまま消えた。板塀には扉も隙間もなかった。

慎吾は数秒その場に立ち尽くし、それから足早に路地を出た。宿に戻ってから、撮った写真を確認した。路地の奥を撮った一枚に、白い人影が小さく写っていた。ピントは合っていなかった。ただ、白い塊のようなものが、路地の中央に立っていた。慎吾はその写真を削除しようとして、指が止まった。代わりに「要確認」のフォルダに入れ、ビールを二本飲んだ。

三日目の夜、慎吾は澄江に訊いた。

「この辺の路地で、昔何かありましたか」

澄江はしばらく黙って、膳の上の食器を片付ける手を止めた。

「祇園は古い町ですから」と彼女は言った。「いろんな話がありますよ」

「たとえば」

「花街でしたから」澄江は慎吾の顔を見ずに続けた。「昔は、いろんな女の人がいました。喜んでここに来た人ばかりじゃなかった。戦前のことを言えば、もっとね」

「戦前」

「うちの宿も、昔は少し違う使われ方をしていたと聞いています」澄江はそこで話を打ち切り、「お風呂の順番が空きましたよ」と言って台所に引っ込んだ。

その夜、慎吾は午前一時頃に目が覚めた。

祭りの残り火

宿の古い木造建築が夜の冷気で収縮する音は初日から聞いていたので、それは気にならなかった。しかし、廊下から聞こえてくる音は違った。足音だった。足音とも言えないかもしれない。板張りの廊下を、何かが擦れるような、滑るような音だった。裾を引きずる音に似ていた。

慎吾は布団の中で動かずにいた。音は近づき、自分の部屋の前で止まった。

引き戸が、鳴った。ノックではなく、何かが引き戸に触れたときの、乾いた振動音だった。慎吾は息を殺した。一秒、二秒、五秒。音は止まった。やがて擦れる音が遠ざかり、廊下の奥で消えた。

翌朝、慎吾は澄江に廊下の音のことを話した。澄江は「古い家ですから」と繰り返した。笑みを浮かべていたが、目は笑っていなかった。慎吾は初日にも同じ言葉を言われたことを思い出した。

四日目、慎吾は意識的にあの路地を避けた。

花見小路の北側、縄手通に近いあたりを中心に撮影を進めた。古い料亭の外壁、石畳に滲んだ水の痕、夏草が石垣の隙間から這い出る様子。仕事の手応えは十分だった。しかし夕方、白川沿いを歩いていたとき、川の対岸に白い人影を見た。

今度は動いていた。川沿いの柳の陰を、こちらに向かって歩いていた。歩き方が異常だった。膝を曲げずに、まるで床を滑るように移動していた。慎吾は立ち止まり、目を細めた。人影は柳の木の幹に重なり、そこで見えなくなった。慎吾は橋を渡って対岸に行き、柳の木の根元を確認した。誰もいなかった。地面には草履の跡ひとつなかった。

宿に戻りながら、慎吾は自分が疲れているのだと思った。睡眠不足と夏の暑さと、古い町の雰囲気が重なって、視覚が誤作動を起こしているのだと。しかし宿に戻り、その日撮った写真を確認したとき、白川対岸の一枚に、柳の木の陰に白い人影が写っているのを見つけた。遠くて小さかったが、確かにそこにいた。前かがみに、こちらに向かって歩いている。

慎吾はその写真をしばらく見つめた。画面を拡大すると、顔のあたりが白くぼやけていた。目も鼻も口もなかった。ただ、白い、のっぺりとした楕円があった。

その夜、慎吾は引き戸に鍵をかけて眠った。

五日目の朝、異変に気づいたのは顔を洗うために洗面台の前に立ったときだった。

鏡の中の自分の顔を見ていると、何かが違うと感じた。表情の問題ではなかった。顔の造作の問題でもなかった。ただ、鏡の中の自分が、一拍遅れて動いているような気がした。慎吾が顔を右に傾けると、鏡の中の自分も右に傾いた。しかし、そのタイミングがわずかにずれていた。ほんの一瞬、コンマ何秒かの遅れ。それが三回続いた。四回目に慎吾が顔を傾けたとき、鏡の中の自分は動かなかった。

慎吾は鏡から目を離し、それからもう一度見た。鏡の中の自分は普通に動いていた。

朝食のとき、慎吾は澄江に訊いた。「この宿に、以前亡くなった方はいますか」

澄江は湯呑みを置いた。「なぜそんなことを」

「夜中に音がするんです。廊下を何かが歩く音」

「古い家ですから」

「それ、三回目です。その答え」

澄江は慎吾の目を見た。初めて、正面から。その目が何かを計っているような、あるいは何かを決めているような目だと、慎吾は思った。

祭りの残り火

「田中さん」と澄江は言った。「今日の撮影が終わったら、少し早めに戻っていただけますか。お話があります」

夕方、慎吾が宿に戻ると、澄江は仏間に座っていた。

仏壇の前に、小さな写真立てが並んでいた。慎吾は促されてその前に座り、写真を見た。白黒の古い写真が四枚あった。それぞれに若い女性が写っていた。着物を着て、正面を向いて、表情のない顔で。

「戦前、この家で亡くなった女の人たちです」と澄江は言った。「四人。病気や、事故や、それから……自ら命を絶った人もいます。みんな、この家で働いていた人たちです」

慎吾は写真を見た。四枚のうち一枚、右から二番目の女の顔を見たとき、背中に冷たいものが走った。

その顔は、路地で見た女の顔ではなかった。そうではなかった。しかし、その女が着ている着物の柄が——白地に細い縦縞の、裾の長い着物が——路地で見た女のものと同じだった。

「田中さん、聞いてください」澄江は低い声で言った。「あなたが泊まっている部屋は、この家で一番古い部屋です。その部屋で亡くなった人もいます。毎年、祭りが終わった後の時期に、あの部屋に泊まった人が、変なことを言うんです」

「変なこと、というのは」

「見た、と。廊下で。路地で。鏡で」澄江はそこで間を置いた。「田中さん、正直に答えてください。あなた、写真に何か写っていませんか」

慎吾はカメラを取り出し、「要確認」のフォルダを開いた。石塀小路の格子戸の一枚、名もない路地の白い人影の一枚、白川対岸の柳の陰の一枚。三枚を澄江に見せた。

澄江は写真を見た。長い間、黙っていた。それから言った。

「田中さん、明日、ここを発ってください」

「でも仕事が」

「仕事は他の場所でもできます」澄江の声は穏やかだったが、揺るがなかった。「この時期にあの部屋に長く泊まると、よくないんです。それだけです」

その夜は何も起きなかった。

廊下の音もなく、引き戸の振動もなく、慎吾は朝まで眠った。深い、夢のない眠りだった。目が覚めたとき、枕元に昨晩確認したはずのカメラがなかった。慎吾は布団から出て部屋を見回した。カメラは部屋の隅に置いてあった。慎吾が昨晩置いた場所ではなかった。

慎吾はカメラを手に取り、電源を入れた。「要確認」のフォルダを開いた。

三枚の写真が、消えていた。

代わりに、一枚の写真が入っていた。

それは室内の写真だった。薄暗い室内に、布団が敷いてあった。布団の中に、人が寝ていた。その人物の顔は見えなかった。しかし、慎吾には分かった。それは自分の部屋だった。そして布団の中にいるのは、自分だった。

写真のメタデータを確認した。撮影時刻は午前三時十七分だった。

祭りの残り火

慎吾は震える手でカメラを床に置き、深呼吸をした。それから、ゆっくりと部屋を見回した。部屋には何もなかった。古い箪笥、小さな文机、障子窓から差し込む朝の光。何も異常なものはなかった。

しかし、部屋の隅の畳に、小さな染みがあることに気づいた。

昨日まで、あの染みはなかった。

慎吾は素早く荷物をまとめ、澄江に礼を言い、宿を出た。澄江は玄関先で頭を下げ、「お気をつけて」と言った。その声は、普通の旅立ちを見送る声とは、少し違った。何かを知っていて、しかし言わないと決めた人間の声だった。

京都駅に向かう途中、慎吾は四条大橋の上で立ち止まり、鴨川を見た。

夏の鴨川は川幅が広く、対岸の柳が水面に映っていた。橋の欄干に手をついて、川の流れを見ていると、慎吾は昨晩の夢のなさを思った。夢を見なかったのではなく、夢を見たのに覚えていないのかもしれないと。眠る前に自分が確かに感じた、あの重くて甘い匂いを思い出した。線香とも、腐った花とも、白檀とも取れる。

新幹線の中でも、慎吾はカメラを膝の上に置いたまま、電源を入れる気になれなかった。

東京に戻ってから三日後、雑誌編集者に写真データを送るためにカメラを接続した。「要確認」のフォルダはやはり空だった。しかし、別のフォルダに、見覚えのない写真が一枚あった。

それは路地の写真だった。名前のついていない、地図にも載っていない、あの細い路地。昼間の光の中で撮られており、路地の奥まで見通せた。板塀の向こう側が、その写真には写っていた。板塀に扉はなく、隙間もなかった。しかし板塀の向こうに、小さな空間があった。

その空間に、四人の女が立っていた。

白い着物を着て、正面を向いて、表情のない顔で。

左から三番目の女の手に、小さな長方形のものが握られていた。慎吾は画面を最大まで拡大した。

それはカメラだった。

慎吾のカメラと同じ、黒いボディのカメラだった。レンズがこちらを向いていた。

慎吾はラップトップの画面から目を離し、自分の手元のカメラを見た。それから再び画面を見た。画面の中の女は動いていなかった。四人とも、ただ立っていた。ただ、こちらを見ていた。

慎吾はラップトップを閉じた。

部屋の中が急に、静かになった。

壁時計が時を刻む音。冷蔵庫のモーターの音。それから——かすかに、甘くて重い何かの匂いが、鼻をかすめた。線香とも、腐った花とも、白檀とも取れる匂いが。

慎吾は立ち上がり、部屋を見回した。窓は閉まっていた。玄関も施錠されていた。

匂いは、消えなかった。

Share
Kaidan Kaidan novels Original horror, made to be read.
View
Kaidan·World

Rumors circulate. We trace what's true.

MMXXVI · All rights reserved

Every kaidan, image, and voice on this site is AI-generated fiction based on rumors, unrelated to any real person, organization, business, or place.

Map © OpenStreetMap contributors, © CARTO